【解説】
ブンデスリーガは1976~84年まで、UEFAリーグ・ランキングで1位でした。
この時代、ドイツは「欧州で一番レベルの高いリーグ」だった事もあり、
1972~87年まで、なんと『16年間も連続で、ドイツ・チームが欧州最高得点率』を
記録しました
(1970~1980年代中頃まで、ずっとドイツが「欧州最高の攻撃力」だったという事です)。
この頃のドイツは、ドイツ人のタレントが豊富で名選手が数多く居ました。
奥寺康彦は、この「ドイツ・サッカーの黄金期」と言える時代に、
ブンデスリーガで外国人助っ人として活躍しました。
奥寺が在籍した1978年のケルン、1985年、86年のブレーメンは、
『欧州最高得点率』を記録しました(欧州5大リーグ全チーム[94チーム]中、1位)
奥寺がこのような凄いチームに在籍し、活躍していた事は、
「当時、日本がプロ・リーグがない国だった事」を考えると、本当に驚くべき事だと思います。

そして、1986年にレアル・マドリードが最高得点率を記録し、
ここからスペインの攻撃力が上がり、
現代のサッカー・ファンが抱く、「攻撃と言えば、スペイン・サッカー」という
イメージ定着が始まったと思います。
(1980年代中頃、レアルはメキシコ人FW、ウーゴ・サンチェスが点を取りまくった。
彼の功績が大きい。スペイン・チームの欧州得点率1位は1963年以来、なんと23年振りだった。
更にレアルは、その後、1988~90年まで、「3年連続、欧州最高得点率」を記録した)

1980年代中頃から、スペイン・リーグは1960年代以来、復活したと言えます。
1980年代後半には、ヨハン・クライフがバルセロナ監督に就任し、
「攻撃サッカー」を標榜し、見事成功して、
バルセロナが1992~94年まで、「3年連続、欧州最高得点率」を記録しました。
クライフがスペインで成功した事で、
『スペイン・リーグの攻撃的スタイル』は、国内で完全に定着したと思います。
(注:当時、クライフのチームは「ドリーム・チーム」と言われていた。
1992年にバルセロナは欧州王者になり、
スペイン・クラブとして26年振りの欧州王者に輝きました)。

1990年代は、スペイン・チームが「欧州最高得点率」を最も多く記録して、
ドイツより攻撃力が上回る状態となりました。
この原因は、「ドイツがスペイン程、攻撃的スタイルでなかった」という事よりも、

① ドイツ人選手のタレント・レベルが、1980年代より落ちた。

② ドイツのエースFW、フェラー、クリンスマン、ビアホフ等が、セリエAに移籍した為、
ドイツ強豪チームの得点成績が落ちた
(1990年代、セリエAは、経済力が一番あった為、
ドイツ代表エース格は、皆、母国に留まらず、イタリアへ移籍した)。

③ 外国人助っ人がブンデスより、「リーガ・エスパニョーラ」の方がレベルが高く、
彼らが期待通りに活躍した。

が大きな原因であると思います。

スペインのバルセロナには、ブラジル代表エース級FWが、在籍しました。
ホマーリオ、ホナウド・ナザリオ、ヒバウド等は、期待通りに活躍し、
彼らの得点能力の高さは、目を見張るものがありました
(1980年代にもバルセロナには、ブラジル代表、エース・ストライカー、
ホベルト・ジナミッチが在籍したが、期待外れで活躍できなかった)。
2009年以降は、「シーズン100点越え」が当然になっていて、
現在では普通の事に感じますが、
(① オフサイド・ルールを2回変更し、FW有利にした[1990年、2005年の変更]、
 ② 2006年頃からボールを軽くし変化し易くして、GK不利になった等は、かなり影響している)

1997年、バルセロナが、ホナウド・ナザリオの大活躍で、「102点」を記録した年は、
1972年のバイエルンの101点、1990年のレアル・マドリードの101点を抜いて、
『欧州新記録、シーズン最多得点更新(102点)』という事で、かなり話題になりました。
(注:「それなのにリーグ優勝できなかった、レアルに負けて2位だった」事も
大きな話題になりました。
最近、フィーゴ[当時、バルセロナ所属] は、
未だに「あれだけ点取ったのに優勝できなかった」と、苦笑いして話してました)。

1990年代、「スペインの方がドイツより攻撃的なスタイルだった」のは確かですが、
ドイツが攻撃的サッカーでなかった訳ではありません。
私は、「両リーグFWのタレントの差が大きくて、それが、そのまま得点数に表れた」というのが、
一番の理由だと思います。

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奥寺康彦、日本史上最高の選手。    日本人は歴史を知らない為に凄さが分かっていない。

奥寺康彦。外国人枠2枠の厳しい時代に欧州最強リーグの1位や2位チームで外国人助っ人を長年に渡って務め、  ドイツ・ブンデス・リーガで優勝1回、2位3回という傑出した成績。欧州9年のうち3年は欧州最高の攻撃力の あるチームでシーズンを送った(欧州一の攻撃陣の1人だった)。まさに世界の一流選手。

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