さて、本題です。
欧州5大リーグ(イングランド、ドイツ、スペイン、イタリア、フランス)の全チーム中で、
『歴代得点率最高チーム』(注:国内リーグ戦の得点率)。
1950~2018年まで、69年間のデータを紹介します。
「時代・リーグによって試合数が違い、得点数だと
『試合数が多いリーグのチームが、1位になる』為、得点率1位」を紹介しています。
これは「国内リーグ戦」だけの試合で、国際試合(欧州の大会である、欧州CL、UEFAカップ等)は含まれてません。

皆さんは、このデータを「国際大会の試合を含め、集計してない為、不十分、奇妙だ」と
感じるかも知れません。
しかし、私は、攻撃力の高さを測るにはこれで十分と考えます。
私は国際試合、国内カップ戦まで含め、調べるのは大変なので、国内リーグ戦だけ調べました。
それでも十分に、欧州における各国の「栄枯盛衰の歴史」が分かります。

また、ポルトガル、オランダという欧州5大リーグ以外で、攻撃力が凄いと評判だったチームに、1960年代のポルトガルのベンフィカ、1970年代のオランダのアヤックス(欧州3連覇)、
1990年代中頃、アヤックス(再び2年ぐらい欧州を席巻した)等が在りました。
それらを考えるとこのデータだけでは、不完全に思えるが、
その3チームを予め補足的に考えていれば、
このデータで「欧州の攻撃力の凄かったチーム」の歴史は、把握できると思います。

【解説】
1950~60年代前半は、レアル・マドリード、バルセロナが強かったので
スペイン・チームの攻撃力が高い(レアル・マドリードは1955年から欧州5連覇を達成した)。
1960~66年まで、スペインは欧州最強リーグだった(UEFAリーグ・ランキングで1位)。

レアルが欧州5連覇を達成した1960年の、国内リーグ戦の得点率はなんと、「3.2」だ。
これは1950年~2018年迄の69年間で、史上最高である。欧州史上最高の攻撃成績を残した。
(注:前年、1959年のバルセロナと並び最高)
このチームはこの年(1960年)、欧州5連覇し、チャンピオンズ・カップ決勝戦で7点取った。
7-3でフランクフルトに勝利した。国際大会でも攻撃力を見せつけた。
この数字は未だに決勝戦の最多得点だ(ディステファノが3得点、プスカシュが4得点した)。
日本人には
「決勝で7点なんて、昔は守備のレベルが低かったからだろ」
と考える人間が、腐る程、居ますが、違います。
この年のレアルは「欧州史上最高の攻撃成績」で、彼らが強過ぎたのです。

翌1961年シーズンも、レアルの得点率は高く2.97で、四捨五入すれば3.0である
(しかし、この年、レアルは欧州CCでは1回戦で宿敵バルセロナと当たり、
2試合合計、3-4で敗れて、欧州6連覇の夢は断たれた)。
日本人の中には、「昔の話、時代が違う」と
ディステファノ、ペレ等の古い時代を、全否定にかかるアホが死ぬほど多い。
しかし、このように数字で見れば、
当時のレアル・マドリードは「1試合平均得点率、3点台」を記録した稀有なチームで、
同時に欧州5連覇まで達成した、『怪物的チーム』であったと分かる。
このチームは『20世紀、欧州最強チーム』と言って過言ではないと思う。


1953年から、レアル・マドリードにはアルフレッド・ディステファノという名手が入団し、
1958年からはプスカシュという「欧州最高のストライカー」が加入した為、攻撃力が高かった。
しかし、ディステファノが退団した1964年以降、
すっかりレアルは、得点率欧州1位にならなくなった。
スペイン・リーグは、大スター2人の引退と共に、レベルが落ちた。
1964年にブンデスリーガが開始されると、
ドイツは強豪国なので、いきなり「得点率、欧州1位」を記録した。
その後は、ドイツ勢が、スペイン勢より優秀な成績であった。

1967~75年まで、イングランドが欧州1位リーグだった(UEFAリーグ・ランキング1位)。
イングランドは9年間も欧州1位リーグだった
(1968年、マンチェスター・ユナイテッドは欧州王者になった)。
しかし、イングランド・チームがこの9年間で、得点率1位は、1度もなく、
ドイツのバイエルンが4回も1位になった。
これは、バイエルンに「ドイツ史上最高のストライカー」で、当時、欧州最高のFWだった
ゲルト・ミュラーが居たからである。彼が点を取りまくった。


(注:ドイツは1963年にプロ・リーグ、『ブンデスリーガ』が始まりました。
それ以前はアマチュアで、全国リーグがありませんでした。
故に、このデータでは、ドイツの成績は1964年のブンデスリーガ開始からで、
それ以前のドイツ・チームの成績は、無効扱いで、載せていません)

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