まず、「欧州一攻撃力チームの歴史紹介」の前に、UEFAリーグ・ランキングについて、
説明させて下さい。
なぜなら、私はこのランキングを歴史紹介中に、引用する事が多いからです。

【UEFAリーグ・ランキング】

UEFAリーグ・ランキングとは、
『過去5年間における、欧州の国際大会(欧州CL、UEFAカップ等)の成績で欧州のリーグ順位を
決めるモノ』です。

それで、「欧州1位リーグ」は時代と共に、変わっています。
以下が、欧州1位リーグの変遷です(この統計は1960年以降について発表されています)。

1960~1966 スペイン
1967~1975 イングランド・リーグ
1976~1984 ブンデス
1985     イングランド・リーグ
1986~1989 セリエA
1990     ブンデス
1991~1999 セリエA
2000~2008 スペイン
2009~2012 プレミア・リーグ
2013~2018 スペイン

日本の馬鹿マスコミが、「中田英寿は、欧州最高峰のセリエAで活躍した」と毎回、常套句で
使うが、それはほぼ大ウソである。
「中田の欧州2年目、1999ー2000年シーズン以降、セリエAはずっと欧州2位リーグ」である。
中田は欧州時代、ほとんど欧州2位リーグに居て、1年目だけ欧州最高リーグで戦ったのだ。
それぐらい日本のマスコミは「公式のリーグ・ランキングの知識」を一切、持ってない
(日本のTV・雑誌で「UEFAリーグ・ランキング」を紹介したのを見た事がない。
だから彼等は存在自体を知らないと思う)。
それで雑誌を作り、テレビ番組を作り、国民にウソを教えているのだ。
2018年9月には、雑誌「Number」が「中田が欧州最高峰のセリエAで活躍した」と懐古的特集を
組み、編集長がラジオでもそう話していたが、それぐらいこの雑誌は知識が全く無い。
『2019年、アジア・カップ』で、テレビ朝日が試合中に、
「武藤は欧州最高峰のプレミア・リーグに居る」とテロップで紹介していた。
プレミアは現在2位で、スペインが1位リーグだ。この様に、日本のテレビは知識がない。
本当に長く、欧州最高峰リーグに居たのは、奥寺康彦である。
更に強豪チームに所属し、優勝したのは彼一人である(欧州1位リーグ在籍期間は、通算7年。
2部に約半年、居たのを除いても6年半、居た。注:彼の欧州9年のうち、最後の2年、ブンデスは欧州1位ではなかった)。

余談ですが、このリーグ・ランキング以前の、1950年代について説明します。
「欧州チャンピオンズ・カップ」(欧州の国際クラブ大会)が1955年に創設されたので、
UEFAリーグ・ランキングは5年後の1960年を最初に紹介されています
(1955年からの5年間の成績を元に、1960年からの順位を紹介している)。
それで1960年の1位はスペイン・リーグです。
1960年に1位という意味は、1955年からの5年の成績が一番優れていたという意味ですから、1950年代後半は、スペインが一番強かったという事です
(実際、1955年~1960年迄、レアル・マドリードが欧州5連覇し、この頃、バルセロナも強かった)。
そして1950年代前半も、スペインは強かったので、公式ランキングは発表されてませんが、
「1950年代は、ほぼ毎年、スペインが欧州1位リーグだった」と考えて差し支えないです。

そして更に余談ですが、1955年開始の「欧州チャンピオンズ・カップ」は第1回大会から、
「欧州16ヶ国の、国内リーグ優勝チームが参加した」という整備されていた大会です。
日本人は「第1回大会等、初期は参加チームが少なくていい加減だったんだろ。
だから、レアル・マドリードが5連覇したのは大した事ないだろ。今と比較できない。
ディステファノ、プスカシュが凄いと言ったって、今と違い参加国の少ない中で勝ってただけだろ」
と軽視している人間が腐る程、居ますが、全く違います。
第1回大会からスケールの大きな大会でした。
そして、2年目は22チーム、3年目は24チーム、4年目は26チーム、5年目は26チーム
参加しました。そしてレアル・マドリードは大会5連覇しました。
(ちなみに6年目は28チーム参加で、レアルは1回戦で、バルセロナに敗れました)
それぐらい当時のレアル・マドリードは驚くべき持続力で、強さを発揮しました。
欧州ではこの大会以前に、1930年代~1950年代前半に既に
ラテン・カップ(南欧5カ国参加の国際大会)、
ミトローパ・カップ(中央ヨーロッパ、約5ヶ国参加の国際大会)等を
毎年、開催しており、既に国際大会の歴史・実績がありました。
だから、欧州チャンピオンズカップ第1回大会を、16ヶ国参加のスケールで開始できた訳です。

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奥寺康彦、日本史上最高の選手。    日本人は歴史を知らない為に凄さが分かっていない。

奥寺康彦。外国人枠2枠の厳しい時代に欧州最強リーグの1位や2位チームで外国人助っ人を長年に渡って務め、  ドイツ・ブンデス・リーガで優勝1回、2位3回という傑出した成績。欧州9年のうち3年は欧州最高の攻撃力の あるチームでシーズンを送った(欧州一の攻撃陣の1人だった)。まさに世界の一流選手。

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