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釜本邦茂ってどれくらい凄かったの?  本当の実力を紹介します。日本人に教えるサッカーの歴史。

20才前後の下部組織在籍選手ばかり参加していたメキシコ五輪で得点王になった釜本邦茂。代表の得点記録を協会の幹部と協力し、自分の成績を22点増やし、偽造している事はサッカー・ファンの間では知られていない。依然として、彼がどうスゴくないか知らない人も多いだろう。そこで今回は貴重資料と共にご紹介したい。

更新日: 2020年06月14日

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rulliさん

【本編開始】

釜本の時代のオリンピックは、「10代の選手が得点王」ですよ。 日本人はバカ過ぎて、歴史を全然、知らないんですよ。      昔のオリンピックは、ユース選手の大会ですよ。

釜本と杉山コンビは、メキシコ五輪直前に日本代表史上最多連敗記録を作った。11連敗もした。これは50年過ぎた今でも破られていない 永遠不滅の連敗記録だ。それほど釜本達は超低レベルだった。

「釜本、80点」という情報もありますが、
あれはウソです。
「オリンピック関連で釜本が決めた得点を
全て国際Aマッチ扱いする」と80点になります。
あれはJFA基準でも認めていない釜本の得点
(フランス五輪代表と日本代表の試合での釜本の
2得点など)全部含めています。
それで更に合計5点増やしています。

当時、フランスは全員アマチュアで
全然ベストメンバーではない。
だからこれは国際Aマッチではないです。
「釜本 80点」はデマです。
日本人悪徳ウィキペディア執筆者が
「釜本がオリンピックで決めた得点は
全て国際Aマッチに認めろ」
という無茶な主張をし、
だます活動をしているのです。

ウィキペディアで「FIFAが80点と認めた」とあるが、あれはAthleta(Ath02)という執筆者による大嘘。この極悪男が原因で釜本ウィキは虚報の巣。一人でデマを流し日本人を徹底的にだましている。

【釜本邦茂の知られざる8つの出来事】              マスコミ《一番酷いのが賀川浩》が隠したり無知な為、決して日本人に伝わらない情報。日本人は嘘歴史を教えられてマスコミに洗脳されている。

【 釜本邦茂の知られざる8つの出来事 】

1. 釜本はオリンピック1年前のピーク時に、南米遠征に行き、全6試合無得点。
ブラジル2部のチームと試合し、1点も取れなかった。

2. FIFAの国際Aマッチ基準を廃止させ、
FIFAルールを否定した「JFA基準」という、
日本独自の国際Aマッチ基準を協会幹部と協力して作り、それを公式記録にし、
自分の代表得点記録を22得点増やして、単独1位にした。(ひでー話)
日本は「勝手に基準を作る」というおかしな事をしている為、
「釜本と韓国のチャ・ボングンは同じ五輪予選の試合で得点した」のだが
釜本だけその得点を勝手に「国際Aマッチ集計」している。
また他の五輪予選の試合も、勝手に国際Aマッチ集計し、釜本の得点数が異常に増えている。
FIFA基準だとチャ・ボングンが58得点で、釜本の53得点より多いのだが、
JFA基準だと釜本の得点は75点まで増えて、釜本の方が上になっている。
日本のニュースで、釜本の方が上として伝えられるのは異常だが、
日本人サッカー・ファンの99%は、その事を知らないし、問題とも思っていない。
それで酷い事に釜本の得点数は、
サッカー史上最高の選手であるペレの得点と同じレベルまで増えていて、
日本人は「釜本は本当に凄い」と言っているというアホな状態が10年以上も続いてる。
ペレが77点だ。なんと日本は釜本を75点にし、2点しか変わらな所まで増やした。
また三浦知良は55点で「本来は日本1位」だが、釜本は22点増やされている為、
三浦は2位にされている。
その酷い事実も日本人の99%は知らないし、問題とも思っていない。
また、ウィキペディアではAthleta(Ath02という名前でも活動、埼玉在住)という執筆者が
釜本や三浦のウィキで嘘ばかり書いてます。
「FIFAが釜本の得点を80点と認めた」と書いてますがあれは大嘘です。
世界中の過去から現在の膨大な選手の中で
釜本一人だけ例外的に27得点も増やすなんて起きるわけないです。
それぐらいこのAthletaという男は馬鹿ですし、最悪です。
また彼は「rsssfという統計機関が認めた」と書いていますがrsssfは認めていません。
「日本はFIFA基準を無視している」ときちんと一般人に説明しています。

3. 釜本は、オリンピック2カ月前の最終調整で、
日本代表11連敗の『史上最多連敗記録』を樹立。
この記録は50年経った今でも破られていない。
つまり、この先も永遠に破られないであろう連敗記録を、釜本は、エースFWでピーク時に作った。

4. 釜本のオリンピックの対戦相手は、下部組織所属の選手だったので得点王になれた。
しかし、日本のテレビ局など大マスコミとサッカー雑誌は、
対戦相手が低レベルだった事を決して紹介しない。
また、東欧チームは、若手中心でA代表の主力は大会出場辞退していたが
それも紹介しないので、日本では、「東欧はフルメンバーだった」と誤認している人だらけだ。
また、釜本の参加した五輪は10月開催だった為、通常よりレベルが低かった。
8月開催だとプロ・リーグのオフ期間で、参加レベルが少し上がる。
しかし10月開催だと欧州はプロのシーズン中なので
アマチュア国の東欧でさえ欧州CL等の国際大会を優先させ、
オリンピックには主力が不参加だった。
そして西欧・南米は8月に有望な若手が、新シーズンに向けてプロ契約してしまい
10月だともうアマチュアではない為、出る事ができない。
だから、開催月が10月なので、
この大会は出場選手の顔触れが乏しく、参加レベルが通常より低い大会だった。

5. 釜本は現役時代、アイスランド(人口30万人の小国)にしか、
欧州の国と対戦して勝った事がない。

6. 釜本は中東戦、国際Aマッチ、5試合1得点。中東の国に1勝しかした事がない。

7. 日本は、釜本の力で、公式戦(大人)に金星を挙げた事は一度も無い。
  中東戦1勝(イラン戦)ぐらいだろうか? 中東が日本によりかなり格上とするならばだが。

8. 1971年に外国人選手解禁になるとブラジル2部リーグで補欠の選手が来日し、
彼が釜本の持っていた日本のシーズン最多得点記録を塗り替えた。
釜本の得点能力は、ブラジル2部リーグの補欠と同じ程度。
各国のシーズン最多得点記録は
スペインならメッシ、セリエAならイグアインなど優れた外国人名手が破るが、
日本では、1971年に外国人選手解禁に伴い、
ブラジル2部で補欠の為、出場機会を求め、来日したブラジル人が、
釜本の記録を破ってしまった。
そもそも釜本の得点能力は、同時代の一流ストライカーの得点率と比較しても低く
世界レベルというのは大嘘である。
だからブラジル2部の補欠でも簡単に破れた。

ほとんどの日本人は
アホなので記録をよく見ていない。
単年の記録を見たら、
他の2位の日本人選手と変わらない程度しか
得点してない。
2位と10点差つけるなど
そんな得点能力は一切なかった選手だ。
ペレ、エウゼビオ、メッシ、
名手なら誰でもいいが
普通の名選手は他を圧倒的に離して
得点王になるが
釜本はそれは一切できなかった選手だ。
他の低レベル日本人に対してそれができなかった。
釜本は現役時代が
他の選手より例外的に長かったので
総得点が多くなっているだけだ。

天皇杯の得点数が多いのは
学生相手の試合で荒稼ぎしたからである。
マスコミにより、イメージが過大になり
一人歩きしている。

釜本は、シーズン最多得点が、
「ブラジル2部補欠の選手より低かった」
という低レベルな選手だ。

1971年に外国人助っ人解禁になると、
ブラジル2部で試合に出られないブラジル人が、
日本リーグで助っ人になり大活躍した。
それで釜本は得点王の座を奪われた。
つまり、日本の当時のレベルというのは、
それ程に低かったのだ。

1971年までは日本に外国人助っ人がいなかった為、得点王になれた。しかし、外国人助っ人が解禁になるとブラジル2部の補欠だった選手が来日し、得点王を奪われ、シーズン最多得点も塗り替えられた。

1970年代に入りブラジル2部で通用しなくて来日したカルバリオという3流FWが日本リーグの『シーズン新記録で得点王』になった。  それが当時の日本リーグのレベルだった。彼は2度得点王になった。

ブラジル2部で通用しない選手より
「1シーズンの最多得点」が少ない。
こんな実力で欧州で通用する訳がない。

現在、Jリーグで20点取っていた日本人選手が ドイツに行くと10点取るのがやっとだ。
「二桁得点」と言って大騒ぎしている。
つまり半分しか取れなくなるのだ。

「ドイツに行ったらうまくなって、
日本より多く得点した」
という日本人選手は一人もいない。
これに関して例外はない。
それぐらい欧州レベルは高いし、
日本人にとって困難だ。
この時代の低レベル・日本リーグで
釜本はこれだけしか取れないなら、
ドイツへ行っても、
良くて日本時代の3分の1ぐらいの得点が
限度だったろう。

写真は、メキシコ・オリンピック準決勝で
ハンガリーと対戦している時の釜本。
この試合、0ー5で大敗した。

オリンピック・チームなので、
相手のハンガリーは若手主体のメンバーだった。
しかし、結果はこの酷さだ。
つまり、現役時代、釜本は
欧州国と試合したら点は取れず、
ほとんど、東南アジアからしか点を取っていない
という事だ。

マレーシアの大会に日本代表が参加し、
釜本がカンボジア相手に5点取るとか、
釜本の得点記録はそういう対戦の蓄積で
出来ている。
当時カンボジアは今よりも遙かに後進国で
日本との生活環境の差は今より酷かった。
彼の記録は、
そんな時代に日本より更に弱い国から
荒稼ぎしたモノだ。

釜本は当時、強豪国と試合する事はなかった。
欧州の国と対戦と言っても、
まだ弱い時代のデンマーク、アイスランドとか
そんな国ばかりだった。
しかもその対戦試合数はとても少ない。
日本は欧州の国に国際試合を申し込んでも断られ、
仕方なく現地のプロ・チームと試合をした時代だ。
そして代表チームだが、プロにも勝てなかった。

本当は弱かった銅メダルチーム。オリンピック2カ月前に欧州遠征し、日本史上最多11連敗を樹立した。この記録は50年経った今でも破られていない。釜本達は世界で子供相手にしか勝てなかったという証拠。

日本代表11連敗。日本で3連敗した後にオリンピック直前にヨーロッパ遠征して8連敗した。
日本は『最後に1番弱い地域アマ選抜を対戦相手に選び』、その試合だけ勝利。そして帰国した。
日本代表は、本当に弱く低レベルなチームであった。
せっかくヨーロッパに行ったのだから、
強化目的通り最後もまともな対戦相手(プロ・チーム)を選ぶべきだが、
そうしていたら恐らく12連敗をして連敗記録を更新し、全敗帰国していた事だろう。

  1968年                   [開催地]
● 5.23 アーセナル 1-3          日本  
● 5.26 アーセナル 0-1          日本     
● 5.29 アーセナル 0-4          日本     

● 7.18 ロシア共和国選抜 0-2       ロシア    
● 7.21 ゼニト 0-6            ロシア    
● 7.24 チェルノモレッツ 1-2       ソ連     
● 7.27 モルドバ 2-3           ソ連     
● 8.01 チェコスロバキア五輪代表 1-3    チェコスロバキア
● 8.03 リアス・ヤプロネッツ 1-3       チェコスロバキア 
● 8.07 ゴーアヘッド 2-5             オランダ     
● 8.13 ボルシア・メンヘングラッドバッハ 1-4   ドイツ 
○ 8.15 レウリング・バウゼン・アマ選抜  6-0   ドイツ

  10.4 オリンピック、初戦。

オリンピック直前に日本は史上最多11連敗を樹立し、
この11連敗は50年経った今でも破られていない。
そして、オリンピックで『プロ契約を勝ち取れない2流のユース選手達と試合して』
やっと勝利を重ねる事ができた。
日本の銅メダルとは、この様なレベルの低い対戦相手だったから獲れたもので、
このオリンピック自体がひどく低レベルな大会であるが、日本人の多くはそれを知らない。
FIFAは、この大会の試合を国際Aマッチとしていないが、
日本は幾つかの試合を勝手に国際Aマッチと変えて記録集計している。
FIFAは、「年齢が20歳前後の下部組織在籍選手ばかり参加」、「超低レベル」という
極めて明快な常識的見解により『国際Aマッチ大会に指定していない』のだ。
しかし、日本という国は頭がおかしい様で勝手に国際Aマッチにしている。
釜本は、日本サッカー協会顧問の立場を利用し、
自分の記録を増やす為、JFA幹部と仲の良い評論家と協力し
『作る必要のない日本独自の基準』を勝手に作り、
FIFA基準を否定し、自分の得点記録を22得点、勝手に増量している。

欧州遠征が1勝8敗(1勝は地域アマチュア相手。つまり一般人)。
前年の南米遠征が1分5敗。
世界の強豪地への遠征は、通算1勝1分13敗。
オリンピックの銅メダルチームは、「プロにはゼロ勝」だ。
超低レベルの力量だ。オリンピックがいかに低レベル大会か、ご理解できたと思う。

ちなみに釜本は、対中東国戦は5試合1得点。
対欧州国では、アイスランド(人口30万の小国)にしか勝った事が無い。
釜本のようなFW待望論が言われるが、負けの山を積み重ねるだけで
中東相手には点を取れず、欧州の国にも勝てない。
金星を呼び込むような活躍は、した事がない。
釜本は”子供専門”のFWであり、対戦相手が大人だと活躍できずに、敗戦の山を築き上げていた。
南米遠征では酷く、全6試合無得点で帰国している。
本人は「欧州からオファーがあった」、「肝炎にかかった」と言っているが、
ピーク時でも、南米でブラジル2部チームを相手にしても無得点で、活躍できないし、
日本代表では11連敗の最悪の連敗記録を作っており、
外国の大人相手に活躍できるレベルの選手ではなかった。
実際、オリンピックの数年後に外国人解禁となり、
ブラジル2部で出場機会を得られず移籍して来たカルバリオという選手に、
「釜本のシーズン最多得点記録」は塗り替えられた。
この事実から釜本の得点能力が、
世界と比較すればどれほど低いかは、容易に想像できる事であろう。
現在、Jリーグの選手は、ブラジル1部から移籍して来る選手と得点王争いをしている。
ブラジル2部で試合に出れない選手と競争して、
2回も得点王を取られて負けていた釜本の方が、
現在の選手より「レベルが上」と言う人間がいるのだから、日本には変な人間が多いのだろう。
カルバリオは、現在のJリーグでは移籍して来る事もできないという事実が、
全く分からないアホな人間が、日本には多いという事である。

写真は、デンマーク代表FW、ハラルド・ニールセン。

この当時は、北欧と東欧(デンマーク、ハンガリーなど)は
まだプロ・リーグがなかった為、
10代のとても優秀な選手が西欧と違い、
アマチュア選手としてオリンピックに参加した。
だから彼らが得点王になった
(西欧では10代で優秀だとすぐプロになるので大会不参加)。

ニールセンは18才で
1960年のローマ・オリンピックで得点王に輝いた。
6得点を挙げ、得点王になった。

ちなみにニールセンはこのローマ五輪得点王後、
デンマークを飛び出し、プロとなり
21才と22才の時にセリエAで2年連続得点王になった。
当時の早熟の天才。世界的スターだった。

写真は、1964年東京オリンピック得点王になった
ハンガリー代表、ベネ・フェレンツ。
この時の年齢が19才だった。

彼は5試合で12得点挙げ、
「大会新記録で得点王」に輝いた。
ちなみにこの得点記録は未だに破られていない
(2018年現在)。

ちなみに彼は、
1964年東京オリンピックに参加する2ケ月前に、
ユーロ1964年に参加し、19才で得点王になった。
これは史上最年少得点王で、未だに破られていない。
彼も早熟の天才。世界的スターだった。

ベネが次のメキシコ・オリンピックに出場していたら、
釜本の得点王などなかった。

写真は、ハンガリー代表FW
アルベルト・フローリアン。

彼は1967年、
欧州最優秀選手(バロンドール)に選ばれた。
メキシコ五輪前年、
欧州1位になった世界的スターだ。
しかし、釜本が参加した1968年メキシコ五輪には
参加しなかった。

当たり前である。当時の五輪は若手の大会だった為
アマチュアでもアルベルトのような超一流選手は
参加しなかったのだ。
彼は欧州チャンピオンズ・カップに参加した。
故に、東欧は全く全力ではなかった。
彼が参加していたら釜本の得点王などあり得ない。
ちなみに五輪準決勝で
日本はハンガリーに0-5で敗れた。
アルベルトが居たら
0-10ぐらいで負けていただろう。

写真は、ポーランド代表、エースのデイナ。

10月開催なら参加しなかった24才のデイナは
1972年8月のミュンヘン五輪に参加し、
9ゴール得点王で、ポーランドは優勝した。
ミュンヘン大会は8月27日~9月10日開催で
この時期は、欧州シーズン開始直後で
まだ都合がつく為、
東欧アマチュア国の主力は参加した。

つまり、釜本は
たまたまメキシコ五輪が10月開催だった為、
西欧、東欧、南米の名手が一切参加しない
幸運な大会になり、目立てたのだ。

1976年モントリオール五輪も10月でなく、
7月開催だった為、東欧の主力が参加し、
ポーランドのアンジェイ・シャルマッフ(26才)が得点王になった。

ちなみに賀川浩というベテラン記者は「釜本の大ファン」なので  彼の評論を絶対に鵜呑みにしない事を勧める。彼はここに書いてあるような真実や「釜本の負の歴史」は決して紹介しません。インチキ 評論家です。

2017年10月までの日本代表得点記録は、以下である。


【FIFA(国際サッカー連盟)基準】
真実だが日本人には決して紹介されない。
日本では非公式記録で協会とマスコミから存在を否定されている。
(世界の国々は日本と違い、当然だがFIFA基準を用いて、自国の公式記録を作成している)。

1三浦知良  55 
2釜本邦茂  53     
3岡崎慎司  50 
4本田圭佑  36
5香川真司  28
6高木琢也  27    
7中村俊輔  24    
7原博美   24        
9高原直泰  23        
10中山雅史  21        

【JFA(日本サッカー協会)基準】
テレビ中継等、マスコミで国民に紹介されるのはこの記録のみにして情報統制している。

1釜本邦茂  75 (+22)
2三浦知良  55
3岡崎慎司  50
4原博美   37(+13)
5本田圭佑  36
6香川真司  28
7高木琢也  27
8木村和司  26 (+11)
9中村俊輔  24
10高原直泰 23

()内はFIFAの基準と比べた増加数。

小倉純二(名誉会長)、後藤健生、大住良之らは「FIFAの基準を否定する決定」
(公式記録として認めない)について国民に対してオープンに議論をする事を一切拒否し、
"『JFA基準』という作る必要の無い基準を勝手に作り、公式記録にする事"を、
密室の会議で決めた。
これを世界に通用する「本物の国際Aマッチ」の集計だと、国民をだまし続けている。
つまり”日本はサッカー面では、民主主義国家ではない”という事だ。
”一部の権力者(6人)によって重大な記録の基準が世界と違うモノに
『勝手に変えて作られて』決定されてしまう国”。
そして国民は、政治に無関心で馬鹿だから、その基準の異常さを全く批判しない。

世界の数か国(アマチュア選手のみ出場可能な時代のオリンピックで、好成績を収めた国)は、”FIFAのルールを無視すると決定し、独自の協会の基準を公式記録に用いる事を決めた”
のである。
”それを見た日本は、それらの国々の真似をし、無視する事を決定した”のである。
日本もその”「FIFAのルールを無視した国」の1ヶ国”なのだが、
その真実や経緯を国民に伝えると、
現在の独自路線を否定され、今の公式記録変更を迫られる可能性があるので、
それは面倒なので、現状について一切話さないのである。
そして更に日本サッカー協会(JFA)は、公式サイトで国際Aマッチの用語説明として
「FIFAが認定している試合」と書いているが、
自分達が、FIFA基準を否定し、過去の試合を偽造集計している事は一切説明せず、
さも「国際Aマッチの世界基準を日本は全面的に遵守している国」という
態度を見せているのだから、本当に卑怯で信用ならない組織だ。
彼らは、「FIFAが、1999年に出した国際Aマッチに関する声明」や
「日本の独自の基準についての詳しい説明」は、一切書かない。
それ程に平気で国民をだまして、この件を無視している。
彼らはこの記録を、「世界中が認める記録である」と国民をだましていて、
これは"協会による組織的捏造"と言っても過言ではない。

ツイッターやネットでだまされてるのに気付かず、
この「嘘の得点ランキング」を拡散しているバカ日本人を見ると、
本当に愚民と言わざるを得ない。

また"記録の基準が異常"だが、
日本協会に協力し、マスコミ・記者が、「FIFA基準の記録」を
一切、国民に紹介しない事には、驚倒する。頭が悪過ぎる。
またサッカー・ファンは、誰も異議を唱えないのだから、
本当に頭の狂ったアホだらけの国である。
10年経過しても誰一人として、指摘しないバカさである。
日本には1億2千万も人口がいるが、誰もつっこみを入れないのだから
国民総痴呆化が進んでいるのだろう。
"記録の基準について考えず、数字をそのまま信じる"、
日本人の頭の悪さの凄まじさには、本当に驚かずにいられない。


日本一ヶ国が”国際Aマッチ”と決定しても、相手国はFIFA基準なのでそれを認定しない。
サッカーの試合とは2チームが対戦するものだが、
相手国の事情もFIFA声明も考えない、このアホな記録を公式記録にするのだから
日本人って頭おかしいんですかね。
ユース選手の中でも低レベルな選手が出場していて、
今のU-20W杯よりレベル低い国際大会(昔のオリンピック)を
国際Aマッチにするって「頭おかしい」ですよね。
今、「U-23の大会が、なぜ国際Aマッチでないのか」という理由を考えないんですかね?
なんで日本人は、FIFAの説明が理解できないんでしょうか。 早く理解して欲しいですね。

釜本ウィキ日本語版ではFIFAの一記者が一度だけ「80得点」と報じたが、バカ執筆者Athleta(Ath02という名でも活動)が    「公式に認めた」と宣伝してる。それ程にこの男は卑劣で頭が悪い。

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