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釜本邦茂ってどれくらい凄かったの?  本当の実力を紹介します。

20才前後の下部組織在籍選手ばかり参加していたメキシコ五輪で得点王になった釜本邦茂。代表の得点記録を協会の幹部と協力して自分の成績を22点増やして偽造している事はサッカー・ファンの間では知られていない。一方、彼がどうスゴくなかったのか知らない人も多い事だろう。そこで今回は貴重資料と共にご紹介したい。

更新日: 2018年12月13日

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rulliさん

【本編開始】

釜本と杉山名コンビと言うがメキシコ五輪直前に彼らは日本史上最多連敗記録を作った。11連敗もした。これは50年過ぎた今でも破られていない永遠不滅の連敗記録だ。それほど釜本達はレベルが低かった。

「釜本、80点」という情報もありますが、あれはウソです。「オリンピック関連で釜本が決めた得点を全て国際Aマッチ扱いする」と80点になります。あれはJFA基準でも認めていない釜本の得点(フランス五輪代表と日本代表の試合での釜本の2得点など)全部含めています。それで更に合計5点増やしています。当時、フランスは全員アマチュアで全然ベストメンバーではない。だからこれは国際Aマッチにならない事が日本の皆さんは分かりますよね? だから「釜本 80点」はデマです。日本人悪徳ウィキペディア執筆者が「釜本がオリンピックで決めた得点は全て国際Aマッチに認めろ」という無茶な主張をして、だます活動をしているのです。

ウィキペディアで「FIFAが80点と認めた」とあるが、あれはAthleta(Ath02)という執筆者による大嘘。この極悪男が原因で釜本ウィキは虚報の巣。一人でデマを流し日本人を徹底的にだましている。

【釜本邦茂の知られざる8つの出来事】              マスコミ《一番酷いのが賀川浩》が隠したり無知な為、決して日本人に伝わらない情報。日本人は嘘歴史を教えられてマスコミに洗脳されている。

【釜本邦茂の知られざる8つの出来事】

1.FIFAの国際Aマッチ基準を廃止させ「JFA基準」というFIFAルールを否定した日本独自の国際Aマッチ基準を協会幹部と協力して作り、それを公式記録にして自分の代表得点記録を22得点増やして、単独1位にした。(ひでー話)
日本は勝手な基準を作るというおかしな事を平気でしている為に「釜本と韓国のチャ・ボングンは同じ五輪予選の試合で得点した」のだが釜本だけその得点を勝手に国際Aマッチ集計している。また日本は他の五輪予選の試合も勝手に国際Aマッチとして集計しているので、釜本の得点数が異常に増えている。その為、FIFA基準だとチャ・ボングンが58得点で釜本の53得点より多いのだが、JFA基準だと釜本の得点は75点まで増えていて釜本の方が上になっている。それで、日本のニュースでは釜本の方が上として毎度、伝えられるというおかしな状態が起きている。しかし、日本人サッカー・ファンの99%はその事を知らないし問題とも思っていない。それで酷い事に釜本の得点数はサッカー史上最高の選手であるペレの得点と同じくらいまで増えていて、それを見て日本人は「釜本は本当に凄い」と言っているというアホな状態が10年以上も続いてる。ペレが77点だ。なんと日本は釜本を75点にしてペレと2点しか変わらな所まで釜本の得点を増やした。
また三浦知良は55点で本来は日本1位なのだが釜本は22点増やされているので三浦は2位にされている。その酷い事実も日本人の99%は知らないし問題とも思っていない。
ついでなので記録にまつわる酷い話をもう一つ。ウィキペディアではAthleta(Ath02という名前でも活動、埼玉在住)という執筆者が釜本や三浦のウィキで嘘ばかり書いてます。「FIFAが釜本の得点を80点と認めた」と書いてますがあれは大嘘です。世界中の過去から現在の膨大な選手の中で釜本一人だけ例外的に27得点も増やすなんて起きるわけないです。それぐらいこのAthletaという男は馬鹿ですし最悪です。また彼は「rsssfという統計機関が認めた」と書いていますがrsssfは認めていません。「日本はFIFA基準を無視している」ときちんと一般人に説明しています。
2.釜本はオリンピック2カ月前の最終調整で日本代表11連敗の『史上最多連敗記録』を樹立。この記録は50年経った今でも破られていない。つまりこの先も永遠に破られないであろう連敗記録を釜本がエースFWでピーク時に作った。
3.オリンピックの対戦相手は下部組織所属の選手だったので得点王になれた。しかし、日本のテレビ局など大マスコミとサッカー雑誌は対戦相手が下部組織所属の選手だった事を決して紹介しない。それに加え、東欧チームも若手中心でA代表の主力は大会出場辞退していたがそれも伝えないので東欧はフルメンバーだったと誤認している人だらけだ。
しかも釜本の参加した五輪は10月開催だったので通常より更にレベルが低かった。8月開催だとプロ・リーグのオフ期間なので参加レベルが少し上がる。10月開催だと欧州はプロのシーズン中なのでアマチュア国の東欧でさえ欧州CLなどの国際大会を優先させてオリンピックには主力が不参加だった。そして西欧・南米は8月に有望な若手が新シーズンに向けてプロ契約してしまい10月だともうアマチュアではないので出る事ができない。だから、開催月が10月だったのでこの大会は出場選手の顔触れが乏しく参加レベルが通常より更に低い大会だった。
4.釜本は現役時代、アイスランド(人口30万人の小国)にしか欧州の国と対戦して勝った事がない。
5.釜本は中東戦、国際Aマッチ、5試合1得点。中東の国に1勝しかした事がない。
6.釜本の力で日本が公式戦(大人)に金星を挙げた事は一度も無い。中東戦1勝(イラン戦)ぐらいだろうか? 中東が日本によりかなり格上とするならばだが。
7.釜本はオリンピック1年前のピーク時に南米遠征に行き全6試合無得点。ブラジル2部のチームと試合しても1点も取れなかった。
8.1971年に外国人選手解禁になるとブラジル2部リーグで補欠だった選手が来日して、彼が釜本の持っていた日本のシーズン最多得点記録を塗り替えた。釜本の得点能力はブラジル2部リーグの補欠と同じ程度。
各国のシーズン最多得点記録はスペインならメッシ、セリエAならイグアインなど優れた外国人名選手が記録を破るが、日本では1971年に外国人選手解禁となりブラジル2部で補欠なので出場機会を求めて来日したブラジル人が釜本の記録を破ってしまった。そもそも釜本の得点数は同時代の他国の一流ストライカーの得点率と比較しても低く世界レベルというのは大嘘で、「釜本の得点能力が低かった」のが分かる。だからブラジル2部の補欠でも簡単に破れた。

ほとんどの日本人はアホなので記録をよく見ていない。
単年の記録を見たら、他の2位の日本人選手と変わらないぐらいしか得点してない。2位と10点差つけるとか、そんな得点能力は一切なかった選手だ。
ペレ、エウゼビオ、メッシ、名手なら誰でもいいが、普通の名選手は他を圧倒的に離して得点王になるが、釜本はそういう事は一切できなかった選手だ。
他の低レベル日本人に対してもそれができなかった。
 釜本は現役時代が他の選手より例外的に長かったので、総得点が多くなっているだけだ。

天皇杯の得点数が多いというのは、学生相手の試合で荒稼ぎしたからである。
マスコミによってイメージが過大になり、一人歩きしている。

釜本はシーズン最多得点が、
「ブラジル2部で補欠だった選手より低かった」
という低レベルな選手だ。

1971年に外国人助っ人解禁になると、
ブラジル2部で試合に出られないブラジル人が、
日本リーグで助っ人になり大活躍した。
それで釜本は得点王の座を奪われた。
つまり、日本の当時のレベルというのは、それ程に低かったのだ。

1971年までは日本に外国人助っ人がいなかったので得点王になれた。しかし、外国人助っ人が解禁になるとブラジル2部の補欠だった選手が来日して得点王を奪われ、シーズン最多得点も塗り替えられた。

1970年代に入りブラジル2部で通用しなくて来日したカルバリオという3流FWが日本リーグの『シーズン新記録で得点王』になった。  それが当時の日本リーグのレベルだった。彼は2度得点王になった。

ブラジル2部で通用しない選手より
「1シーズンの最多得点」が少ない。
こんな実力で欧州で通用する訳がない。

現在、Jリーグで20点取っていた日本人選手が ドイツに行くと10点取るのがやっとだ。
「二桁得点」と言って大騒ぎしている。
つまり半分しか取れなくなるのだ。
「ドイツに行ったらうまくなって日本より多く得点した」という日本人選手は一人もいない。
これに関して例外はない。それぐらい欧州レベルは
高いし、日本人にとって困難だ。
この時代の低レベル・日本リーグで釜本はこれだけしか取れないなら、ドイツ行っても良くて日本時代の3分の1ぐらいの得点が限度だったろう。

写真は、メキシコ・オリンピック準決勝で
ハンガリーと対戦している時の釜本。この試合、0ー5で大敗した。

オリンピック・チームなので相手のハンガリーは 若手主体のメンバーだったが、結果はこの酷さだ。
つまり、現役時代、釜本は欧州国と試合したら点は取れず、ほとんど東南アジアからしか点を取っていないという事だ。

マレーシアの大会に日本代表が参加して、釜本が カンボジア相手に5点取るとか、釜本の得点記録はそういう対戦の蓄積で出来ている。当時カンボジアは今よりも遙かに後進国で、日本との生活環境の差は今より大きく酷かった。彼の記録はそんな時代に日本より更に弱い国相手から荒稼ぎしたモノだ。

釜本が当時、強豪国と試合する事はなかった。
欧州の国と対戦すると言っても、まだ弱い時代の デンマークとか、アイスランドとかそんな国ばかりであった。しかもその対戦試合数はとても少ない。
日本は欧州の国に国際試合を申し込んでも断られ、仕方なく現地のプロ・チームと試合していた時代だ。
そして代表チームだがプロにも勝てなかった。

本当は弱かった銅メダルチーム。オリンピック2カ月前に欧州遠征して日本史上最多11連敗を樹立した。この記録は50年経った今でも破られていない。釜本達は世界で子供相手にしか勝てなかったという証拠。

日本代表11連敗。日本で3連敗した後にオリンピック直前にヨーロッパ遠征して8連敗した。
日本は『最後に1番弱い地域アマ選抜を対戦相手に選び』、その試合だけ勝利。そして帰国した。
日本代表は本当に弱く低レベルなチームであった。せっかくヨーロッパに行ったのだから強化目的通り最後もまともな対戦相手(プロ・チーム)を選ぶべきだが、そうしていたら恐らく12連敗をして連敗記録を更新して全敗帰国していた事だろう。

  1968年                   [開催地]
● 5.23 アーセナル 1-3          日本  
● 5.26 アーセナル 0-1          日本     
● 5.29 アーセナル 0-4          日本     

● 7.18 ロシア共和国選抜 0-2       ロシア    
● 7.21 ゼニト 0-6            ロシア    
● 7.24 チェルノモレッツ 1-2       ソ連     
● 7.27 モルドバ 2-3           ソ連     
● 8.01 チェコスロバキア五輪代表 1-3    チェコスロバキア
● 8.03 リアス・ヤプロネッツ 1-3       チェコスロバキア 
● 8.07 ゴーアヘッド 2-5             オランダ     
● 8.13 ボルシア・メンヘングラッドバッハ 1-4   ドイツ 
○ 8.15 レウリング・バウゼン・アマ選抜  6-0   ドイツ

  10.4 オリンピック、初戦。

オリンピック直前に日本は史上最多11連敗を樹立し、この11連敗は50年経った今でも破られていない。そして、オリンピックで『プロ契約を勝ち取れない2流のユース選手達と試合して』やっと勝利を重ねる事ができた。日本の銅メダルとはこの様なレベルの低い対戦相手だったから獲れたもので、このオリンピック自体がひどく低レベルな大会であるが日本人の多くはそれを知らない。この大会の試合をFIFAは国際Aマッチとしていないが、日本は幾つかの試合を勝手に国際Aマッチと変えて記録集計している。FIFAが「年齢が20歳前後の下部組織在籍選手ばかり参加」、「超低レベル」という事から極めて明快な常識的見解により『国際Aマッチ大会に指定していない』のだ。しかし、日本という国は頭がおかしい様で勝手に国際Aマッチにしている。釜本は日本サッカー協会の顧問の立場を利用し、自分の記録を増やすためJFA幹部と仲の良い評論家と協力し『作る必要のない日本独自の基準』を勝手に作り、FIFA基準を否定し自分の得点記録を22得点、勝手に増量している。

欧州遠征が1勝8敗(1勝は地域アマチュア相手。つまり一般人)。前年の南米遠征が1分5敗。世界の強豪地への遠征は通算1勝1分13敗。オリンピックの銅メダルチームはプロにはゼロ勝だ。超低レベルの力量だ。オリンピックがいかに低レベル大会かご理解できたと思う。

ちなみに釜本は対中東国戦は5試合1得点。対欧州国ではアイスランド(人口30万の小国)にしか勝った事が無い。
釜本のようなFW待望論が言われるが負けの山を積み重ねるだけで中東相手には点を取れず欧州の国にも勝てない。金星を呼び込むような活躍はした事がない。釜本は”子供専門”のFWであり、対戦相手が大人だと活躍できずに敗戦の山を築き上げていた。南米遠征では酷く全6試合無得点で帰国している。本人は「欧州からオファーがあった」、「肝炎にかかった」と言っているが、ピーク時でも南米でブラジル2部チームを相手にしても無得点で活躍できないし、日本代表では11連敗の最悪の連敗記録を作っており、外国の大人相手に活躍できるレベルの選手ではなかった。
実際、オリンピックの数年後に外国人解禁となりブラジル2部で出場機会を得られず移籍して来たカルバリオという選手に釜本のシーズン最多得点記録は塗り替えられた。この事実から釜本の得点能力が世界と比較すればどれほど低いかは容易に想像できる事であろう。
現在、Jリーグの選手はブラジル1部から移籍して来る選手と得点王争いをしている。ブラジル2部で試合に出れない選手と競争して2回も得点王を取られて負けていた釜本の方が現在の選手よりレベルが上と言う人間がいるのだから日本には変な人間が多いのだろう。カルバリオは現在のJリーグでは移籍して来る事もできないという事実が全く分からないアホな人間が日本には多いという事である。

写真は、デンマーク代表FW、ハラルド・ニールセン。

この当時は、北欧と東欧(デンマーク、ハンガリーなど)は まだプロ・リーグがなかったので、10代のとても優秀な選手が西欧と違って、アマチュア選手としてオリンピックに参加していた。だから彼らが得点王になった(西欧では10代で優秀だとすぐプロになるので大会不参加)。

ニールセンは18才で、1960年のローマ・オリンピックで得点王になった。
6得点を挙げて得点王になった。

ちなみにニールセンはこのローマ五輪得点王後、デンマークを飛び出し、プロ選手となり21才と22才の時にセリエAで2年 連続得点王になった。当時の早熟の天才。世界的スターだった。

写真は、1964年東京オリンピック得点王になったハンガリー代表のフィレンツェ・ベネ。
この時の年齢が19才だった。

彼は5試合で12得点挙げて、大会新記録で得点王になった。
ちなみにこの得点記録は未だに破られていない
(2018年現在)。

ちなみに彼は1964年東京オリンピックに参加する2ケ月前に、ユーロ1964年に参加して、19才で得点王になった。
これは史上最年少得点王で、未だに破られていない。
彼も早熟の天才。世界的スターだった。

ベネが次のメキシコ・オリンピックに出場していたら、
釜本の得点王などなかった。

写真は、ハンガリー代表FW、アルベルト・
フローリアン。

彼は1967年に欧州最優秀選手(バロンドール)に選ばれた。メキシコ五輪の前年、欧州ナンバー・
ワンになった世界的スターである。
しかし、釜本が参加した1968年メキシコ・オリンピックには参加しなかった。
当たり前である。当時のオリンピックは若手の大会だったので、アマチュアでもアルベルトのような 超一流選手は大会参加しなかったのだ。彼が参加していたら、釜本の得点王などあり得ない。
ちなみにオリンピック準決勝で日本はハンガリーに0-5で敗れている。アルベルトが参加していたら0-10ぐらいで負けていただろう

写真は、ポーランド代表、エースのデイナ。
10月開催なら参加しなかった24才のデイナは1972年8月のミュンヘン五輪に参加して9ゴールの得点王で、ポーランドは優勝した。

つまり、釜本はたまたまメキシコ五輪が10月開催だったので、西欧、東欧、南米の名手が一切参加しない幸運な大会となり、目立てたというだけだ。
4年後のミュンヘン大会は、8月27日~9月10日開催だったのでシーズン開始直後でまだ都合がつくので、東欧のアマチュア国の主力が参加した。
更に4年後の1976年モントリオール大会も7月開催だったので東欧の主力が参加し、ポーランドの
アンジェイ・シャルマッフ(26才)が得点王になった。

ちなみに賀川浩というベテラン記者は「釜本の大ファン」なので  彼の評論を絶対に鵜呑みにしない事を勧める。彼はここに書いてあるような真実や「釜本の負の歴史」は決して紹介しません。インチキ 評論家です。

2017年10月までの日本代表得点記録は以下である。


【FIFA(国際サッカー連盟)基準】
真実だが日本人には決して紹介されない。日本では非公式記録で協会とマスコミから存在を否定されている。(世界の国々は日本と違い当然だがFIFA基準を用いて自国の公式記録を作成している)。

1三浦知良  55 
2釜本邦茂  53     
3岡崎慎司  50 
4本田圭佑  36
5香川真司  28
6高木琢也  27    
7中村俊輔  24    
7原博美   24        
9高原直泰  23        
10中山雅史  21        

【JFA(日本サッカー協会)基準】
テレビ中継等、マスコミで国民に紹介されるのはこの記録のみにして情報統制している。

1釜本邦茂  75 (+22)
2三浦知良  55
3岡崎慎司  50
4原博美   37(+13)
5本田圭佑  36
6香川真司  28
7高木琢也  27
8木村和司  26 (+11)
9中村俊輔  24
10高原直泰 23

()内はFIFAの基準と比べた増加数。

小倉純二(名誉会長)、後藤健生、大住良之らは「FIFAの基準を否定する決定」(公式記録として認めない)について国民に対してオープンに議論をする事を一切拒否して"『JFA基準』という作る必要の無いものを勝手に作り公式記録にする事"を密室の会議で決めた。これを世界に通用する「本物の国際Aマッチ」の集計だと国民に思わせだまし続けている。つまり”日本はサッカーにおいて民主主義国家ではない”という事だ。
”一部の権力者(6人)によって重大な記録の基準が世界と違うモノに『勝手に変えて作られて』決定されてしまう国”。そして国民は政治に無関心で馬鹿だからその基準の異常さを全く批判しない。

世界の数か国(アマチュア選手のみ出場可能な時代のオリンピックで好成績を収めた数ヶ国)は”FIFAのルールを無視すると決定して独自の協会の基準を公式記録に用いる事を勝手に決めた”のである。”それを見た日本はそれらの国々の真似をして日本も無視する事を決定した”のである。日本もその”「FIFAのルールを無視した国」の1ヶ国”なのだがその真実や経緯を国民に伝えると現在の独自路線を国民に否定され今の公式記録変更を迫られる可能性があるので、それが面倒なのでその真実は一切話さないのである。そして更に日本サッカー協会(JFA)は公式サイトで国際Aマッチの用語説明として「FIFAが認定している試合」と書いているが、自分達がFIFA基準を否定して過去の試合を偽造集計している事は一切説明せず、さも国際Aマッチの世界基準を日本は全面的に遵守している国という態度を見せているのだから卑怯で信用ならない組織だ。彼らは「FIFAが1999年に出した国際Aマッチに関する声明の説明」や「日本の独自の基準についての詳しい説明」は一切書かない。それ程に平気で国民をだましてこの件を無視している。彼らはこの記録を世界中が認める記録であると国民をだましていて、これは"協会による組織的捏造の記録"と言っても過言ではない。

ツイッターやネットでだまされてるのに気付かず、この嘘の得点ランキングを拡散しているバカ日本人を見ると本当に愚民と言わざるを得ない。

また"記録の基準が異常"なのにそれに疑問を抱かず協会の出す記録を鵜呑みにして発表し続ける日本のマスコミ、記者の頭の悪さには驚倒する。10年経過しても誰一人として指摘しないバカさである。日本には1億2千万も人口がいるが誰もこの記録につっこみを入れないのだから国民総痴呆化が進んでいるのだろう。
"記録の基準について考えず、数字をそのまま信じる"、日本人の頭の悪さの凄まじさには本当に驚かずにいられない。

「FIFA基準の記録」をマスコミが日本サッカー協会と協力して一切、国民に紹介しない事について誰も異議を唱えないのだから本当に頭の狂ったアホだらけの国である。

日本一ヶ国が”国際Aマッチ”と決定しても相手国はFIFA基準なのでそれを認定しない。サッカーの試合とは2チームが対戦するものだが、相手国の事情もFIFA声明も考えないというこのアホな記録を公式記録にするのだから日本人って頭おかしいんですかね。
ユース選手の中でも低レベルな選手が出場していて今のU-20W杯よりレベル低い国際大会(昔のオリンピック)を国際Aマッチにするって頭おかしいですよね。今、U-23の大会がなぜ国際Aマッチでない理由を考えないんですかね?
なんで日本人はFIFAの説明が理解できないんでしょうか。早く理解して欲しいですね。

釜本ウィキ日本語版ではFIFAの一記者が一度だけ「80得点」と報じたが、バカ執筆者Athleta(Ath02という名でも活動)が    「公式に認めた」と宣伝してる。それ程にこの男は卑劣で頭が悪い。

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