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日本を代表するヒットメーカー平尾昌晃さん死去‥芸能界に衝撃広がる

数々のヒット曲と歌手としても活躍した平尾昌晃さんが死去…日本を代表する作曲家の訃報に芸能界に衝撃が広がった。

更新日: 2017年07月23日

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作曲家で歌手の平尾昌晃さん死去

自身も歌手として活躍した平尾昌晃(ひらお・まさあき)さんが21日午後11時40分、肺炎のため東京都内の病院で死去

5月に体調を崩し1か月ほど入院。一時は回復したものの、7月中旬に症状が悪化したことから再度入院し療養していたが、数日前に容体が急変したという。

昭和を彩る数々のヒット曲残した平尾昌晃さんの略歴

東京府東京市(現・新宿区)生まれ。慶応高1年時に米軍キャンプで歌手活動をスタート

ミッキー・カーチスさん、山下敬二郎さん共に“ロカビリー三人男”と呼ばれロカビリーブームを巻き起こした。

1958年には、キングレコードからオリジナルナンバーである「星は何でも知っている」、翌年には「ミヨチャン」を発表し、2曲共に100万枚を売り上げる大ヒットとなった

布施明さんに提供した「霧の摩周湖」、小柳ルミ子さんの「わたしの城下町」「瀬戸の花嫁」、五木ひろしさんの「よこはま・たそがれ」「夜空」

東京本校の他、札幌、所沢、茨城、名古屋、大阪、福岡、鹿児島にも地方校があり、デビューバックアップもする。

生徒だった畑中葉子とデュオを組み、78年に「カナダからの手紙」をデュエットし、大ヒットとなった。

・人気ドラマに宝塚歌劇団など活躍は多岐にわたる

人気ドラマ「熱中時代」シリーズやテレビ朝日系の時代劇「必殺シリーズ」、アニメ「銀河鉄道999」などの音楽も手掛け

80年代からは宝塚歌劇団の舞台音楽にも携わり、幅広く才能を発揮した。06年からは「NHK紅白歌合戦」で番組のフィナーレを飾る「蛍の光」の指揮を務めた。

2001年、モンブラン国際文化賞受賞。2002年、特定非営利活動法人「ラブ&ハーモニー基金」を設立。音楽を通じた福祉活動を展開

平成15年に紫綬褒章を受章、また平成26年にはNHKの放送文化賞を受賞しています。

芸能界からもお悔やみの言葉が広がっています。

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キメラのつばささん

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