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南大東島に行こう!沖縄本島の東側にある謎の有人島の歴史と観光アクセス

『南大東島』沖縄本島の東側にある謎の島の歴史と観光アクセスについてまとめました。

更新日: 2017年08月05日

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naoko5さん

◆沖縄本島の東側にある島

大東島という名前は、沖縄の古人が、遙か東の海の彼方にある島という意味の島言葉「ウフアガリジマ」からきていると言われる。

島の内部は、周囲が環状丘陵地を形成し、中央部はくぼんで盆地状となり、一見火山島を思わせるような様相を呈している。

◆島の様子

島の周囲は断崖絶壁になっていてビーチは期待できないものの、鍾乳洞や地底湖など特徴的な自然が豊かな南大東島。

南西諸島で最大の天然の湖沼。淡水の池だが、海から切り離されたマングローブが自生している。これは植物学では極めて貴重な生態系とされ、「大池のオヒルギ群落」として国の天然記念物に指定

◆南大東島の観光

海水が直接流れ込んでおり、魚も泳いでいてシュノーケリング向き。作られてから時間が経過しており、プール内に珊瑚が成長し始めている。干潮時のみプールとして使用可能。

宿泊施設は小規模なホテルと民宿が計3軒あり、空港や港への送迎のほか、レンタカー(自動車・バイク・自転車)の営業も行っている。

南大東島の全体を見渡すことができるようになっています。

かつては「島外の人間がいると職務質問された」とまで言われるほどで滅多に観光客が訪れることがなかったが、1997年(平成9年)に南大東空港が拡張・移転したことにより大型のプロペラ機が就航したため、観光地としても注目されはじめている。

◆南大東島の歴史

1885年沖縄県庁の探検により日本国標が建てられ、沖縄県に所属した。それにより数年を経て6名の者により開拓が試みられたが、島の周辺が険峻にして上陸できず断念する者、上陸はしたが物資を放置して引き返す者、未着手のままで断念する者等、いずれも失敗

1900年の玉置半右衛門による入植以降、玉置商会〜東洋製糖〜大日本製糖が島を「所有」

1945年2月から6月にかけてアメリカ軍の激しい空爆に晒される。4月1日、大東寺焼失。

1946年 沖縄のアメリカ軍政開始により、製糖会社による島の支配から脱する。村制が施行され、南大東村に。人口1,458人

1997年に南大東空港が移転するとともに、従来の19人乗りDHC-6型機に代わり39人乗りのDHC-8-100型機が就航し那覇との交通が大幅に改善される。

◆大規模サトウキビ農業で豊か

農家一戸あたりの平均耕地面積は約8haと比較的大規模である。また、この大規模なサトウキビ農業に支えられていることもあって村民の平均所得は隣の北大東村と並んで県内では上位

◆名産品

うどんほどの太さがある麺が特徴のそば。

◆大東島に行くアクセス

沖縄本島から空路360キロ、海路392キロあり、飛行機か船でアクセスします。

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