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鎌倉五山:建長寺・円覚寺・壽福寺・浄智寺・浄妙寺

五山は禅宗寺院の格式を表したもの。

更新日: 2017年11月18日

岡戸秀仁さん

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1301年(正安3年)の刻銘のあるもので、「洪鐘」(おおがね)と呼ばれている。
http://www8.plala.or.jp/bosatsu/engakuji-bonsho.htm

11月の「宝物風入」をはじめとする各種儀式などに使用されている。
http://www8.plala.or.jp/bosatsu/engakuji-hojyo.htm

仏殿が再建されるまでは、円覚寺の本尊宝冠釈迦如来像が安置されていた。
http://www8.plala.or.jp/bosatsu/engakuji-senbutujyo.htm

円覚寺開山の無学祖元(仏光国師)が白鷺に姿を変えた鶴岡八幡宮の神霊に導かれた場所なのだとか。
http://www8.plala.or.jp/bosatsu/engakuji-teien-byakuroti.html

かつての街道には鎌倉側と大船側に外門が二つあって、外門を入ると馬や籠から降りて通行した。
http://www8.plala.or.jp/bosatsu/engakuji-sotomon.html

回春院(かいしゅんいん)は、第二十一世玉山徳旋(ぎょくさんとくせん)の塔所
http://www8.plala.or.jp/bosatsu/tera-kentyotatyyu-kaishunin.htm

1255年(建長7年)、関東の鋳物師の筆頭であった物部重光によって鋳造されたもの。
http://www8.plala.or.jp/bosatsu/kentyoji-bonsho.htm

仏殿前の「ビャクシン」。
右側に四株、左側に三株、計七株が植えられている。
http://www8.plala.or.jp/bosatsu/kentyoji-teien-byakusin.html

方丈の正門。
徳川家の菩提寺増上寺の崇源院御霊屋の中門だったもので、1647年(正保4年)に仏殿や西来庵中門とともに建長寺へ移築された。
http://www8.plala.or.jp/bosatsu/kentyoji-karamon.htm

1940年(昭和15年)に京都の般舟三昧院から移築されたもの(1732年(享保17年)建立)。
http://www8.plala.or.jp/bosatsu/kentyoji-hojyo.htm

建長寺には創建当初より華厳塔が建立されていたが、度重なる火災によって焼失し、以後再建されていない。
http://www8.plala.or.jp/bosatsu/kentyoji-hattoh-kegonto.html

釈迦苦行像は、釈迦が極限の苦行・禁欲(断食)をしている姿を表している。
http://www8.plala.or.jp/bosatsu/kentyoji-hattoh-shaka.html

「無実の罪で斬首されそうになった済田左衛門という者がこの小像を髻(もとどり)の中に納めていたたため、処刑することができなかった」という伝説
http://www8.plala.or.jp/bosatsu/kentyoji-saitajizo.htm

建長寺のある谷は、もとは処刑場で地獄谷と呼ばれ、建長寺が建立されるまでは、その鎮魂のために創建された「心平寺」があった。
http://www8.plala.or.jp/bosatsu/tera-kentyo-sinpeijijizodo.htm

建長寺の仏殿に安置されている伽藍神像は、1253年(建長5年)の創建当時か、1293年(永仁元年)の大地震後のものと考えられ、五躰が揃っているものとしては日本最古。
http://www8.plala.or.jp/bosatsu/kentyoji-butuden3.html

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