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武家の都の象徴・鎌倉:鶴岡八幡宮

源頼朝が崇敬した社。武家の都の中心に据えられ、各時代の武将に信仰されました。

更新日: 2017年11月05日

岡戸秀仁さん

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鶴岡八幡宮、鎌倉宮、江島神社を参拝して参宮を勤めよう。
http://www8.plala.or.jp/daisho/kamakura/hatumoude-kamakura.htm

源実朝の遺徳を偲ぶもので、1944年(昭和19年)より行われています。
10月28日
http://www8.plala.or.jp/daisho/kamakura/bunbokusai.html

鶴岡八幡宮崇敬者大祭で奉納された小笠原流流鏑馬。
(参考:小笠原流流鏑馬http://www8.plala.or.jp/bosatsu/gyoji-maturi/yabusame2.htm

鶴岡八幡宮例大祭では小笠原流の流鏑馬が奉仕されます。
9月16日。
http://www8.plala.or.jp/bosatsu/gyoji-maturi/yabusame2.htm

1187年(文治3年)に源頼朝が催した放生会をその起源としている。
9月14日~16日。
http://www8.plala.or.jp/daisho/kamakura/hatiman-reisai.htm

小笠原流流鏑馬は、甲斐源氏・小笠原長清を祖とする弓馬礼法。
長清は源頼朝の弓馬四天王と称されました。

夫婦円満と子宝の祈願石

三代将軍源実朝が宋から苗を取り寄せて植えたものと伝えられる。

神輿(本宮三基、若宮四基)は、桃山期から江戸初期頃の形態的特徴をもったもの(神奈川県の有形民俗文化財)。

楼門に掲げられた額の「八」の字は、神聖な神の使いとされている二羽の鳩で表現されている。

現在のような上下両宮の形になったのは、1191年(建久2年)の大火で焼失した後。

二十五坊とは、鶴岡八幡宮寺供僧の住坊のこと。

後鳥羽、土御門、順徳の三天皇を祀る社。

山はさけうみはあせなむ世なりとも君にふた心わがあらめやも

1928年(昭和3年)4月3日に開館した博物館。

かつては柳の名所だったのだとか。

藤原鎌足が大織冠という官位を授かり鹿島神宮へ詣でた折、持っていた鎌槍をこの山に埋めたのだとか。

八幡宮の総本社:宇佐神宮(大分県)を遙拝する場所。

鶴岡八幡宮境内にある最も古い建造物。

源実朝を暗殺した公暁が隠れていたという伝説の大銀杏。
樹齢1000年とも言われていましたが、平成22年3月10日未明、倒れてしまいました。
しかし、根や幹から出て来た若芽が成長を続けています。

1193年(建久4年)に新造された唐破風の入母屋造りの建物。
下拝殿とも呼ばれ、各種儀式が行われています。

材木座海岸の沖にあったという石。

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