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鎌倉お寺めぐり

鎌倉の寺院・歴史・伝説などをご紹介!

更新日: 2017年09月06日

岡戸秀仁さん

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1271年(文永8年)、日蓮とともに捕えられた弟子の日朗が幽閉されたという土牢。
http://www8.plala.or.jp/bosatsu/kamakura136/kosokuji-tutiro.htm

カイドウの寺として知られています。
日蓮に帰依した宿谷光則が自邸を寺としました。
http://www8.plala.or.jp/bosatsu/page136kosokuji.htm

日蓮信者だった四条金吾の屋敷跡に建てられた寺。
http://www8.plala.or.jp/bosatsu/page136shugenji.htm

杉本寺の本尊は行基・慈覚・恵心作の三体の十一面観音像。
行基の十一面観音は、「下馬観音」「覆面観音」とも呼ばれています。

日蓮の霊跡に建立された寺。
夷堂のえびす神は源頼朝が鬼門の守護神として祀ったのが始まりなのだとか。

1394年(応永元年)、上杉氏定が建立。
開山は心昭空外(源翁禅師)。

孟宗の竹林で知られる寺で「竹の寺」と呼ばれています。
1334年(建武元年)に開かれ、足利家及び上杉家の菩提寺として繁栄えました。

開山は退耕行勇、開基は三代執権北条泰時。
北条高時とその一族を含む約870名が自刃した地。

夢窓疎石(国師)の開山。
代々鎌倉公方の菩提寺として栄えました。

1285年(弘安8年)の創建(臨済宗円覚寺派)。
開山は八代執権北条時宗の妻で覚山尼。

1282年(弘安5年)、八代執権北条時宗が建立。
開山は宋の禅僧無学祖元。
鎌倉五山第二位。

鎌倉五山第四位の寺。
鎌倉・江の島七福神。

源頼朝の信任厚かった御家人比企能員の屋敷跡に建てられた寺。
比企一族滅亡の地です。

医王如来と崇められた忍性の寺。

1253年(建長5年)、五代執権北条時頼が宋の蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)を招いて開いた日本で初めての「禅専門道場」。
鎌倉五山第一位。

高徳院の本尊で青銅製の「阿弥陀如来坐像」。
鎌倉で唯一の国宝仏像。

1251年(建長3年)、北条長時(のちの六代執権)が開山に真阿を招いて再興し、した寺院。

四代執権北条経時が然阿良忠を招いて開いた浄土宗の大本山。

三代執権北条泰時が妻の母の供養のために建てた「粟船御堂」を前身としている寺院。

四代将軍藤原(九条)頼経による創建。
五大明王を祀る堂がそれぞれあったことから五大堂とも呼ばれます。

長楽寺は、源頼朝の菩提を弔うために北条政子が建立したという寺院。

1219年(承久元年)、三代執権北条泰時が創建。
海の見える寺として人気。

1218年(建保6年)、二代執権北条義時の建てた大倉薬師堂を前身としている寺院。

1212年(建暦2年)、三代将軍源実朝が父源頼朝への感謝のために創建を開始した寺院。
円覚寺舎利殿に納められている仏舎利は大慈寺にありました。

1200年(正治2年)、源頼朝の妻北条政子の創建。
開山は我が国臨済宗の開祖・栄西。
鎌倉五山第三位。

1199年(建久10年)正月13日に亡くなった源頼朝は、奥州征伐の祈願所として建てた持仏堂に葬られました。
現在、頼朝の墓塔がある場所に持仏堂があったものと考えられています。

石造地蔵尊は、源頼朝の娘・大姫の守り本尊だと伝えられています。

1192年(建久3年)、源頼朝が奥州平泉の中尊寺、毛越寺、無量光院などを模して建てた寺院。
頼朝の三大寺院の一つでしたが1405年(応永12年)に焼失。
その後廃絶。

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