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【静岡】知られざる偉人「白隠禅師」と原の松陰寺を学ぼう

「駿河には過ぎたるものがふたつあり。富士のお山と 原の白隠」という言葉が残るほどの偉人です。臨済宗の中興の祖とされる「白隠禅師」は沼津原の松陰寺と非常に深いゆかりがあります。

更新日: 2017年12月19日

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su_tabibitoさん

□ 白隠禅師とは

駿河には過ぎたるものがふたつあり。富士のお山と 原の白隠

臨済宗中興の祖と称される江戸中期の禅僧

白隠は、江戸時代中期、駿河国原宿(現・静岡県沼津市)の町屋に生まれるも15歳で出家、原の松蔭寺に入り、諸国を行脚して飯山(現・長野県)で悟りを開き、32歳の時請われて松蔭寺に帰り、これを復興。晩年は三島の龍澤寺を開山し、松蔭寺で84年の長寿を全うした。

その間、特に60代後半以降、達磨や観音、あるいは祖師のほか、さまざまな恰好の布袋や大黒をはじめとした七福神、親孝行などを説いた墨蹟や絵画を揮毫した。

曹洞宗・黄檗宗と比較して衰退していた臨済宗を復興させ、「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠」とまで謳われた。 現在も、臨済宗十四派は全て白隠を中興としているため、彼の著した「坐禅和讃」を坐禅の折に読誦する。

□ 白隠禅師座禅和讃

稲盛和夫さんの書籍でも紹介があった、座禅和讃です。
漢文の内容を庶民でもわかりやすいように言葉で伝えています。

【衆生本来仏なり 水と氷の如くにて 水を離れて氷なく 衆生の他に仏なし】(白隠禅師)・・・水と氷は一つのものだが、水は生命を育み、氷は生命を滅す。即ち、水が仏、氷が凡夫だと考える。人々は本来仏そのものである。

□ 禅図でも有名

「達磨図」「観音菩薩」などの書画もあり、禅画の代表作といわれ、見る人の心をとらえてやみません。
 松蔭寺では毎年4月29日(祝日)に白隠禅師の書画を一般公開しています。ぜひ御来山ください。

□ 地元沼津では「白隠正宗」という地酒も。

明治17年、朝廷より白隠禅師に「正宗国師」の諡号(しごう※)が与えられることになった。その際、勅使として松陰寺を訪れた山岡鉄舟が、出された酒の旨さに正宗国師の正宗(せいしゅう)と清酒(せいしゅ)を掛けて「白隠正宗(ハクインマサムネ)」と銘名した。

※僧侶などに、その死後、生前の行いを尊んで贈る名。

さっきの欽ちゃんのお寺めぐり番組で、禅寺に行ってたんだけど白隠禅師って見たことあるなと思ってたら、うちの田舎の方の地酒白隠正宗だった。禅師の出身地に酒造があるんよね

□ 250年法要のイベント開催

【イベント情報】 白隠禅師250年遠諱記念展 駿河の白隠さん bit.ly/2kAJt9C pic.twitter.com/fcBK7fMlNK

2018/02/10(土)~2018/03/25(日)
静岡市美術館

講演・法話のイベント予定あり
●講演会「白隠さん大好き」 日時:2018年2月10日(土)
●法話「白隠禅師と民衆教化」 日時:2018年2月17日(土)
●講演会「白隠 江戸社会の変革者」 日時:2018年2月25日(日)

「過ぎたるもの」の一つとたたえられた禅師の250年法要です。 静岡)250年法要、白隠禅師しのぶ 沼津:朝日新聞デジタル asahi.com/articles/ASKDC…

□ 白隠禅師とゆかりのある「松陰寺」(静岡県沼津市・原)

静岡県沼津市原にある臨済宗系の寺院。往時の東海道原宿東町に当たり、白隠慧鶴所縁の寺として知られる。

沼津市原1283-32 (JR東海原駅より、徒歩15分程)

本堂の左隣にある大憤志堂には
白隠自作と言われる白隠像が安置されています。

□ 松陰寺に伝わる「白隠の擂鉢松」

境内には摺鉢を被った黒松があった。岡山藩主池田継政は参勤交代を終えて東海道を下る途中、当寺に白隠を訪問した。白隠に所望の品を問うと、ちょうど小僧が割って欠かしていた摺鉢を求めるのみであった。継政は備前焼の大摺鉢を届け、白隠は境内の台風で折れた松の枝の傷口を覆うように被せたという。

原宿の松蔭寺にある擂鉢の松。白隠禅師が折れた松の木に雨がしみいって枯れないようにと、高価な備前焼の擂鉢をかぶせたものです。たしかに境内には擂鉢がてっぺんに乗せられている松があります。しかしそれは2代目の松。本物はこれです! pic.twitter.com/8ZE04dxIId

□ 松陰寺に隣接する「無量堂」

□ 訪れた方の紀行文

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