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海底に特攻艇「震洋」のエンジンか! 「お国のため」の命とは?

「震洋」は、ベニヤ板製モーターボートの船内艇首部に爆薬を搭載。搭乗員が乗り込んで操縦して目標とする敵艦に体当たり攻撃を仕掛ける水上特攻艇。

更新日: 2017年09月12日

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Doragonflyさん

太平洋戦争末期に日本海軍が造った特攻艇「震洋」のエンジンなどとみられる残骸が、千葉県館山市沖の海底で見つかった。

館山には当時、震洋の特攻隊基地があり、敗戦時に上官の命令で特攻艇を沖合に沈めたという元兵士の証言と合致する。戦争遺跡研究者は残骸が震洋のものと確認されれば、「貴重な発見。次の世代に語り継ぎたい」と話す。

館山には当際、震洋の特攻隊基地があり、敗戦際に上官の下令で特攻艇を沖合に沈めたという元战士の証言と合致する。

海岸には発進用のコンクリート製スロープも建設された。一部は現在も残っている。

館山市波左間には太平洋戦争末期、第59震洋隊(総員176人)の基地があった。防衛省防衛研究所の所蔵史料によると、震洋の格納壕(ごう)や燃料、食糧などの地下壕が建設され、1人乗り震洋53隻と2人乗り震洋5隻が配備予定だった。

地元で滑り台と通称される震洋搬出路の跡

レイテ沖海戦で敗北を喫し、制海制空権を完全に失った日本軍は、いよいよ本土決戦に備えます。

昭和20年1月19日に「帝国陸軍作戦計画大綱」が示され、「東京湾守備兵団作戦方針大綱」では、「敵の上陸が予想される館山湾、平砂浦、千倉湾に特に邀撃体制を強化する」ことが定められたのです。

そのために日本海軍は、特殊潜航艇を改良した水中特攻艇「海龍」(かいりゅう)部隊、そして水上特攻艇「震洋」部隊を南房総に配備することを決めます

三浦半島や伊豆半島は、もうひとつの上陸予定地である相模湾沿岸に近く、やはり「秘密基地」をつくる湾や洞窟が多かったこと。

南房総に多いのは、米軍の上陸が予想される館山湾・平砂浦・千倉湾に近く、艦砲射撃に耐える岩場が多いこと。

「震洋」は、ベニヤ板製モーターボートの船内艇首部に爆薬を搭載。搭乗員が乗り込んで操縦して目標とする敵艦に体当たり攻撃を仕掛ける水上特攻艇。

館山市波左間と洲崎の岩場には素掘りの震洋格納壕が残されていますが、危険を伴うため見学はできません。

終戦1ヶ月前の昭和20年7月14日、東京湾に突き出した洲崎近くの西岬村波左間(現・館山市波左間)に、第59震洋隊(正式名:第五九震洋隊真鍋部隊)が配属されました。

昭和20年の8月には1号艇をすべて壕に収納し、爆装準備も完了していましたが、実戦で使われることはありませんでした

のどかな波左間海岸に残るコンクリートの桟橋の残骸のような構造物が、震洋搬出路の跡(地元では滑り台と呼ばれています)

ベニヤ板製の「特攻」ボート 「お国のため」の命とは?

残骸を見つけたのは、ダイビングサービス「波左間海中公園」を経営する荒川寛幸さん(79)。約半年前、波左間漁港の北西沖約1キロの水深32メートルの海底で、長さ1メートル余りのエンジンと直径約30センチのスクリューとみられる金属塊のほか、爆薬とみられる塊を見つけた。爆薬に信管らしいものは付いておらず、直ちに危険とは考えていないという。

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