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これが実録か...Twitter民が教えてくれる「バブルの頃」の話

「バブルの頃」ってよく聞くけどどんな時代だったの?そんな時にはTwitterをのぞいてみると実態がわかるかもしれません。

更新日: 2017年08月25日

musinoneさん

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「バブルの頃」ってよく聞くけどどんな時代だったの?

1980年代後半から1990年代初めにかけて、日本が好景気で調子に乗っていた時代を「バブル期」と呼ぶ

▼これが実録か...Twitter民が教えてくれる「バブルの頃」の話

タクシーにまつわる話

バブルの頃は、何十分待ったってタクシー捕まらなかったからなぁ。今では考えられない。

バブルの頃は、私でも一次会は銀座でみんなで飲んで、タクシー二台位で六本木のプールバーでまた飲んでいた。

バブルのときのタクシー難民はそりゃあすごかったよ。渋谷の246とかで「実車なのに」信号待ちしてたら助手席のドアあけて乗ってこようとする奴らとかいて。 実車だってば。韓国(実車でも同方向なら相乗りするらしい)じゃないんだってば。

バブルの頃、出張校正で印刷会社営業の名刺一枚でタクシー使えたけど、いまもそーいうのあるのかしら。

私はぎりでバブルの恩恵を受けられた人で、高校卒業してすぐに就職したのだけど会社見学の時にケーキがでてきたり駅までタクシーで送ってくれたりすごかった思い出

領収書にまつわる話

新橋駅前のR広告代理店時代は、最初宣伝企画部に所属していた。 バブルの頃で残業は月150時間はザラ。大きなプロジェクトの際は、京橋のサウナに寝泊まりして、休日も客の会社のイベントの手伝い等で潰れて終わり。 タクシーチケット使いまくりで、怪しい領収書もバンバン通った時代だったなぁ…

白紙の領収書と言えば…、バブルの頃は まぁ それで色々できてたわ…。とくに営業の人。 あの頃は 「名前空白で!とか、但し書き入れずに…」みたいなのが横行してたような… 議員さんたちはいまだにそれがまかり通るのか…

タクシーが今みたいにレシート出す仕組み乗せてなくて、ちょっと距離乗って「領収書下さい」と言うたら、メンドクサイのとちょっとの善意で、ドライバーは白紙領収書くれたもんです。こっちもメンドクサイので「日付と金額入れて」て頼んでたけど。あれは、まだまだ昭和の気配残るバブルの頃…。↓RT

バブルの頃は、領収書の冊子を2冊使い分けてる飲食店があったな。領収書の束が1頁も抜けてない状態にしないと税務署に突っ込まれるから、客の要望で白紙の領収書出す用の別の束が…

就職面接にまつわる話

昔、超売り手市場のバブル期就活だった僕の頃、一流損保の役員面接に遅刻して時間をズラしてもらい、最上階の応接室から都心の景色を眺めながら役員からの質問をぼんやり聞き「やっぱり向いてないと思うんでやめます」って答えた話

昔バブル時代にHIPHOPのダンサーしてた頃それだけで食べれなかったからバイトいろいろしながら食べてた頃面接に行っただけで3000円とかくれる時代だったはしごして面接行きまくりながらお金集め一日それだけで1万5千円とかになったな~っと思い出し今の時代不況でどうなることか?

給料にまつわる話

僕がサラリーマンになったのは丁度バブルの頃。就職には困らなかった。バブルとはいえ新入社員だから給料は安かったよ。んでもボーナスに驚いただす。夏だけで五ヶ月分だよ。なんじゃこりゃ!って感じだった。

私はバブル時代の記憶がある世代なので、あの頃はやはり何だかすごかった。まだ親の給料が振り込みでなく手渡しで、毎月分厚い札束を母親がぐいんぐいん数えてるのを見て、凄いな……と子ども心に思っていた。

ふと息子と同じ年の頃の自分を思い出してみた。 あからさまにバブルな時代、その2年ぐらい前は六本木の交差点でタクシー停めるのに万札振ってたっけ(笑) その後、別会社に転職したけど業績よくて、冬のボーナス手渡しで封筒立ったもんなぁ(驚) バブルっていい時代だったなぁ(懐)

わいが新入社員だった頃もクソほど残業や休日出勤があったけどその分ボーナスはすごかったし毎年のベアが半端なかったからな・・バブルって素敵やったw

僕が社会人になった頃はちょうどバブルだったから、色々なお金儲けの方法があったね。ただ、本業でもボーナスとか100万円単位だったから副業の必要はなかったよ。フロ○Aとか、すごく分厚かった。

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musinoneさん

のほほんとまとめています。