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日本人をダメにする「他人に迷惑をかけるな」という価値観

他人の目が気になって仕方ない…その窮屈な生き方の根底にあるのは、日本人特有の「他人に迷惑をかけてはいけない」という価値観ではないでしょうか。

更新日: 2017年08月27日

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「他人に迷惑をかけてはいけない」という価値観

多くの日本人が、「人様に迷惑はかけるな」という教育を受けてきたのではないでしょうか。

「他人に迷惑をかけない人になって欲しい」
子どもにどんな人になって欲しいかと尋ねると、上のような言葉を言う親が最近多い気がします。

「人様に迷惑だけはかけない人間に育てたのに」どこかでよく聞いた言い方だ。誰が言いはじめたのか知らない。どこかに明確に書かれているわけでもない。でもぼくたちはこの国でそう言われて育ってきた。

「他人に迷惑をかけてはいけない」
これは日本人の共通の価値観だったのではないでしょうか。

他人に迷惑をかけてもよいと教えられて育ってきた人はいないと思います。
他人に迷惑をかけないようにすることは、社会生活の最も基本的なことのひとつですから。

そういえば日本には「見て見ぬ振り」「長い物に巻かれろ」「波風を立てるな」「仕方がない」など、社会や人に迷惑をかけないための慣用句が多い。

この"迷惑"という言葉は水戸黄門の印籠のように強い威力がある。「それは迷惑である」と言われると「ははぁ〜!」とひれ伏さざるをえないオーラを放つ。太刀打ちできない。謝るしかない。

日本人は特に、この「他人に迷惑をかける」ということに対し非常に過敏です。

「他人に迷惑をかけずに生きる」というのは正しいのだろうか

人と関わっていかなければ生きられない社会なら、必ず迷惑はかけてしまうものであり、また必ず他人にかけられるものでもあります。

そもそも人間は「他者に迷惑をかけずに生きることなどできるのだろうか」

「人に迷惑をかけてはいけない」という教育をされたところで…、本当にそんな生き方ができるのでしょうか?

自分では他の人に迷惑をかけていない、あるいはかけたくないと思っていても、ある意味では迷惑をかけざるを得ないのが現実ではないでしょうか。

実際には人様に迷惑をかけずに生涯を全うすることはほぼ不可能であり、人間は赤ん坊のときは泣いてわめいて迷惑をかけ、子どものときにはいたずら、いじめ、授業の怠慢、反抗期で迷惑をかけ、社会人になっても仕事に失敗したり、飲みつぶれて迷惑をかけ、親になったら子どものことで周りに迷惑をかけ、やがて歳をとれば皆が誰かの世話になるわけで、人間なんて意図せずとも人様に迷惑をかけながらお互い様で生きてるんじゃないだろうか。

人間は、人と人との繋がりの中で生きなければならない以上、“他人に迷惑をかけずに生きる”ことなどあり得ません。

もしそうであるなら子どもに「他人に迷惑をかけてはいけない」と教えることは、いたずらに子どもに罪悪感を植えつけることになりはしないか

他人に迷惑をかけずに生きるということが無理である以上、日本人の多くが正しい価値観だと思い込んでいる「他人に迷惑をかけるな」という教育は本当に正しいことなのでしょうか。

日本社会で感じる“生き辛さ”の原因

「電車でベビーカーは迷惑」
「公共の場で泣き叫ぶ子供は迷惑」
「泣き叫ぶ赤ん坊は外に連れ出すな」
「迷惑をかける子供は睡眠薬を使ってでも眠らせろ」

…人様に迷惑をかけてはいけない、という価値観は、こうした寛容ではない社会を作ってしまっています。

「本当はこうしたい。でも迷惑がかかるかもしれないから止めておこう。」
このような考え方は日本人にとても多い。

自分がやりたい行動が、他人にとって迷惑になるのではないか…そう考え自制する人が多いのではないでしょうか。

日本では子供のころから、「人さまに迷惑をかけるんじゃありません」などと言われて育つから、他人の思惑か視線が行動の基準になったりする。

何かをするときに「これをすると迷惑が掛かるかも……」といちいち気にしていると、本当に何もできません。

この社会の中で何かをしようとすれば、必ず誰かに何かしらの影響を与えています。

人さまに迷惑をかけないように努力するのは大事だが、逆にいうと、迷惑をかけられた時はひどく立腹して、相手の人間性を否定してしまうこともある。

「他人に迷惑をかけてはいけない」という考え方こそが日本人全体を萎縮させ、ダメにしている原因ではないのか

人に迷惑をかけない。という拘束が、結果として相手の迷惑を受入れられない器の小ささを生み出してしまうのである。

日本では「人に迷惑をかけてはいけない」ことになり、消極的になって「何もしない方が良い」ことになり、また「人に迷惑をかけなければ何をやってもかまわない」という風潮が生まてくる

「人に迷惑をかけない」のを目標とした教育を20世紀に受けて成人したんだけど、その後いろいろあって親になってみて「迷惑をかけない人間は空気」なので、相手の器や状況にもよるが、頼り頼られるごとは大事なのかなと思うようになった。ちょっとした質問でも。少し話を聞くでも。

「迷惑」に対する日本の海外の価値観の違い

「人様に迷惑をかけてはいけない」
ではなく、
「その行動は人として正しいか?」を考えよう。

インドでは、
「あなたは人に迷惑をかけて生きているのだから、人のことも許してあげなさい。」
と、教えられるそうです。

より積極的に、「人の役に立つように」「どうしたら人の役に立てるのか」「困っている人を助けるにはどうしたら良いか」ということを学校でもテーマにしていますし、親も子どもに、ことあるごとに言っている印象です。つまり社会全体が、これを求めている気さえします。

日本の親は、「人に迷惑かけちゃダメですよ」と教えるが、インドでは、「お前は人に迷惑かけて生きているのだから、人のことも許してあげなさい」と教えるそう。前者は、息苦しさを、後者には、ホッとするものを感じる。迷惑かけずに生きられるわけない。

迷惑をかけ、迷惑をかけられるからこそ寛容になれる

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