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★男女が逆転した世界「大奥」の魅力

『大奥』(おおおく)は、よしながふみによる日本の少女漫画。隔月刊誌『MELODY』(白泉社)にて連載されている。物語の舞台は日本の江戸時代をモデルとした世界。男子のみが罹る謎の疫病により男子の人口が急速に減少し、儒教思想など当時の概念はそのままであるが、社会運営の根幹や権力は男から女へと移っていく世界を江戸城の大奥を中心に描く。

連載中からいくつかの重要な日本の漫画賞を受賞しているほか、ジェンダーに対する理解を深める内容を称えられジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞を受賞するなど、日本国外からも評価されている。雑誌『ダ・ヴィンチ』が発表した2012年の「Book of the Year 2012」では、女性誌コミックランキング部門で4位を記録した。

◆吉宗と久通 中興の祖と讃えられた名君と影で暗躍した側用人

徳川吉宗(お信)

8代将軍。肝の据わった器で聡明。サバサバとしており物事をはっきりと言う性格だがそれ故に人情の機微が今ひとつ理解できない面がある。本人も自覚している。武芸の達人。質素を好み、将軍職に就く前は木綿の小袖で過ごしていた。仕事に熱心で幕府の財政難において質素倹約を宗に掲げる。

合理性を重視する性格で、大奥や政事などでの不合理な慣習にも疑問を持つ。堅物に見えるが男性関係は意外と奔放で手も早い。男の器量の良し悪しにはあまりこだわらないが、リストラの口実[5]を残すために基本的に美男子には手をつけない主義。大奥での仰々しい夜伽の作法も嫌って当初はどこででも男に手をつけていたが、後には父の連れて来た紀州出身の不細工な側室の男達を平等にローテーションで相手することにしている。

加納久通(おみつ)

吉宗の幼なじみで、紀州時代から吉宗に仕える片腕的存在。遠江守。柔和な造りの容姿も手伝い一見のんびりしているように見えるが、実はキレ者で肝が据わっており、藤波とも堂々と渡り合う。夫が1人いるが、「1人で手一杯」とのことで自身は側室を持っていない。お庭番の宮地を江島の下に送り込み、天英院と共謀して吉宗を将軍に据える。

まこと…良き夢であったな

中盤の久通の告白シーンは衝撃的だった。
吉宗を将軍にするために手を汚していた久通に対して、作中ただ一度の吉宗の涙。
「私の連れ合いと同じ事」と言った杉下の臨終にさえ涙を流さなかったのに!
吉宗と久通は戦友のような間柄だったのかもしれない。

吉宗と久通の最後の会話で、久通が泣かなかったのが印象的でした。
彼女の覚悟は、吉宗の上を行く苛烈なものだったのでしょう。

◆綱吉と吉保 悪名高き女将軍と支配欲満載のヤンデレ美女

徳川綱吉(徳子)

5代将軍。家光の三女で元は館林城主。男性に関して奔放だが、母としては一人娘の松姫を溺愛する。実母の家光(千恵)が多忙だったうえ早世したことから、幼少時は父の桂昌院しか親身に面倒を見てくれるものがおらず、その経験から父に見捨てられたくないという思いを過剰に抱えており父の意向には理不尽と解っている事柄でも逆らえない。

実年齢より若く見える。愛くるしい美貌と豊満な肢体を持ち、身近にいるものを男女問わず翻弄する魅力を持っている。性質は気弱で素直だが、本来は怜悧な頭脳の持ち主で少女時代から勉学にも優れ手も器用。したたかな一面も持ち合わせており就任当初は職務にも熱心だったが松姫の死以降は娘を失った傷心と「世継ぎを産まなければ」という重圧から徐々に精神的なバランスを崩していく。

柳沢吉保(おもと)

綱吉の側用人。綱吉の館林時代から幼少の頃より綱吉の小姓として仕え、妹のような存在として重用される。「切れ長の目にすらりとした体つき」で幼少の頃から評判の美人。綱吉の少女時代から晩年に至るまでその化粧をほどこすのは彼女のみに許された仕事であった。職務には真面目で綱吉を支える切れ者だが、牧野成貞の追い落としや、桂昌院との密通など魔性ともいえる冷酷で手段を選ばない一面を持つ。しかし綱吉への忠誠心は篤く、権力を持ちながらも政治に関して綱吉の意に反することは行わず、彼女の側で仕え続けることのみを望み自らの地位に拘泥もしない。

みんな、あなたに恋しているのでございます

綱吉の危篤時に、長年彼女へ抱いていた感情が主君への忠義以上の感情であったことを吐露しつつ綱吉に手をかけ、その後は家宣の江戸城入りにともない静かに大奥を去り隠居した。

◆家宣と詮房 病弱な主に対する盲目すぎる忠誠心

徳川家宣

6代将軍。甲府宰相時代の旧名は綱豊(つなとよ)。家光の側室「お夏の方」の孫で、綱吉の姪。かつて実母の綱重が下男と火遊びをして産んだ子であるため母に疎まれて育った。そのため、身分の低いものにも分け隔て無く接する心優しい女性である。主君としても賢明で民を思いやることに篤く、部下思いで甲府時代より名君と名高い。能が好きで、踊りの巧かった猿楽師のおふさ(間部)を取り立てて家来にし、長年一番の家来として重用した。大柄でややいかつい容貌に描かれているが実は病弱でかつて三人の子を出生後すぐに失っていた。左京との間に跡取りの千代姫をもうけるが数年後病死する。

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