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【マナー考】誰のためのマナー?インチキマナーとけしからん雰囲気の正体

賛否両論ある中でのマナーや諸問題に関して、サイトやSNSを参照・引用してまとめました。データの参照や分析が甘い部分等あるかもしれません。

更新日: 2019年01月21日

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この記事は私がまとめました

Elkvonragaさん

■目次

■マナーのルーツ"江戸しぐさ"を辿る
■マナーの現状・疑問点
■インチキマナーと誤用の数々
■日常のマナー考
■”けしからん”雰囲気の正体
■おまけ・補足
■参考・関連文献

■マナーのルーツ"江戸しぐさ"を辿る

小学校は道徳の授業で、『江戸しぐさ』とかキテレツなもの教えるんじゃなく、「消防士や警察官など制服を着ている人でも休憩したりご飯を食べたりします」とか、「急にトイレに駆け込むことがあります」とか教えといた方がいい気がしてきた。かなり本気で。

江戸しぐさ

原田実先生の本によれば、江戸しぐさが最初に世に出たのは、1981年読売新聞の「編集手帳」だそうです。これをきっかけに、徐々に広がっていったようです。歴史学者が取り上げたわけではありませんが、ちょっと良い話として広まっていきます。新聞に載ったのですから、信頼できる話とみんなが思ったことでしょう。

歴史的検証がされることもなく、とても奇妙な物語が語られていることが確かめられることもなく、広まっていきました。

・江戸しぐさとされるものの例

○喫煙しぐさ
たばこは同席した相手が吸わなかったら自分も吸わないのがルールだった。とっくの昔から,喫煙のしぐさには不文律があった。禁煙などとあえて貼り紙するのは野暮。料理屋などで相客に気づかずに喫煙していると,店のほうで「根付け(たばこ入れの紐などにつける飾り)をいただいてよろしいでしょうか」と預かりにきた。
また,灰皿がないところでは喫煙してはいけなかった。これが江戸っ子の常識だった。常識は「江戸しぐさ」では「くせ」になっていなくてはならない。仰々しく,○○してはならないといった礼儀作法ではなかった。

江戸時代は禁煙令といったものがあったが、火災や贅沢の防止といった旨で、現在における意味合いを考えるとおかしいとされる部分らしい。

■戸閉め言葉
「でも」「だって」「しかし」「べつに」「そうは言っても」などと否定して、人の話を途中で遮ったり無視するような言葉で相手をシャットアウトしてしまうことから「戸閉め言葉」といいます。

■水かけ言葉
人が気持ちよく話をしているのに、「それがどうした?」と冷や水をかけるような冷たい言葉や、「そんなこと知ってるよ」と小馬鹿にしたり、けなすような言葉を「水かけ言葉」といいます。

誰とも付き合わずに暮らしていくことはできませんから、話の腰を折り、人間関係を壊すようなことは慎むべきで、たとえ自分とは縁遠い話題であっても、その場の雰囲気を壊さず聞いているのが、江戸の人々の心得とされていました。

■刺し言葉
「刺し言葉」とは、「だから?」「はーっ?」「それがどうした」など、会話を断ち切ってしまうような言い方で人の感情を逆なでしたり、とげとげしい言葉遣いのことで、「胸刺し言葉」ともいいます。こうした言葉が出てくると、会話を続けたいという気持ちも失せてしまうでしょう。

■「ロクを養い、ロクを利かす」
ロクって何? と思われた方も多いでしょう。一言で言えば第6感のことです。江戸商人はロクが利くか利かないかで将来がかかっていたと言われています。その「冴え」は今のビジネスマンの比にならないほどだったとか。
見る、聴く、嗅ぐ、味わう、触るの5感を研ぎ澄ませることで、情報を得てあらゆることを判断していたという江戸商人。関東大震災の朝、多くの江戸っ子が東京を、まさに第6感で離れたという話もあるそうです! 本能的な行動に驚きました。

こちらはかなりスピリチュアルだが…

・歴史研究家の原田実氏の見解

基本的に人は“いい話”を疑いません。また、現在の「江戸しぐさ」を語り継いだとされる芝三光氏は1999年に亡くなっていますが、彼の晩年となった70~80年代には「江戸ブーム」が盛り上がってきていました。「江戸時代のいいもの」を受け入れるような社会的な土台が出来ていたんですね。

例えば、「イソップ童話」のようにフィクションを道徳教育で用いること自体は問題ないでしょう。しかし、「江戸しぐさ」の場合、フィクションであると言った途端に、そのありがたさが失われてしまう。芝三光という一人の老人の愚痴を江戸時代に仮託したからこそ、ありがたみをもってしまったのですから。

―「江戸しぐさ」の場合、「結果的によいマナーが浸透すればいいじゃないか」という擁護もありますよね。

原田:ただ、そうすると形だけのマナーのために倫理の根幹を破壊することになりますよね。

今までも、イデオロギー的な立場からの監視なり、批判なりは行われてきましたけれども、現在進んでいる事態は、イデオロギーですらなく事実段階から怪しいものが入ってきているということです。そういう事態に注意を払ってもらいたいと思っています。

また、同氏は「過去に対する過剰な幻想を持ってはいけない。そういう認識が広がることが重要だと思います。 」とも述べている。

■マナーの現状・疑問点

自分の不快感を「マナー」とするからよくわからんことになる

ここ近年のマナートラブルはほぼこれに集約されるのでは…?しかし、それに留まらず多くの問題がある。

マナーのマニュアル化
マナーとは「他者を気遣う」という気持ちの現れであり、相手を不快にさせないように個人個人が考えを巡らして行動すべきものである。しかし、「他者を気遣う」ということよりマナーをマニュアル化し、マニュアルに沿って行動しているかどうかでマナーの善し悪しを判断してしまう場合がある。例えばビジネス・マナー等でそういった傾向が見られ、その結果、命令や規範がなければ行動できない、マニュアルに載っていること以外の対応力に欠け、「考える」ことをしないといった弊害が見られる[16]。

マナーのルール化
あいさつをマナーでなくルールとして強要・押しつける組織も存在する。マナーはあくまでも個人が自発的に守るものであり、それゆえ罰則はないが、ルールは違反するとペナルティーが課せられる。つまり「マナーの心」は置き去りにされ、マナーを守らないのがマナー(ルール)違反ということになる[17]。

上記二つはよく耳にする問題点だが、それだけではない。

逆恨みによるトラブルも…

さっき電車のなかで、おじさんにマナーを注意されて逆ギレした女子高生が「きもい!駅員さん痴漢です!!」って騒ぎ出した。駆けつけた駅員さんに一部始終を見てた周囲の人がフォローして事なきを得たが、現場の人間がそのまま残留したこの車両、いまにも殺意が爆発しそう。僕を含めみんなよく耐えてる

そもそも痴漢冤罪がここまで話題になったきっかけって「おじさんにマナーを注意された若い女性が仕返しに痴漢冤罪をでっちあげた」って話だもんね。 twitter.com/ruriko_pillton…

懸念される高齢層のマナー

しかしこれはすごいな。もう「最近の若者は」なんて言葉は使えないね。(記事は毎日新聞より) pic.twitter.com/jqwEKHexwQ

少なくとも国内では、未精算の商品を食べるのはマナーの前に窃盗罪や器物破損罪などに当たるとされる。

年寄りの言う「恥をかかされた」と言うのはほぼ100%間違いを指摘された、マナー違反を注意されたと言うだけだし、「礼儀知らずだ」と言うのは自分にヘコヘコしなかったと言うだけなので、10代の若者は気にすることないと思います。社会人になると仕事絡んでくるのでめんどいよね。

・昔は良かった?

たとえば電車や汽車でのマナー問題なんてのは、いまにはじまった話でなく、明治時代からすでに新聞で取りあげられてるんです。
 大正時代、すでに「近頃はあたしみたいな婆さんが電車で立ってても、若い人は本を読むふりなんかして、席を譲ってくれない」とマナー低下を嘆く新聞投書が見られます。マナーや道徳はむかし高かったのがだんだん低下したわけではなく、ずっと底値安定のままなんですね。
 もっと驚いたのは、この数日後に「あんたみたいに物欲しげにしてるババアには、こっちも席を譲る気がしなくなるんだよ」と、いまならネットでしか見られない罵詈雑言が、新聞投書として堂々と載るんです。
 小さな歴史を見ていれば、戦前・戦後を通じて、日本人の道徳心・公徳心は向上も低下もしていないとわかるのですが、デカい歴史ロマンばかりを追いかけて、小さな庶民史をないがしろにする人は、「むかしはよかった」というんです。

先人たちがあまりにマナーがなってないのを何故か若い衆のマナー違反のせいにして若い人向けにマナー広告をバンバン打った結果、高度なマナーを有した若い衆が成人してちゃんとあれやれこれやれと攻め来んできて先人たちが「生きづらい」って言ってるのがイマココね

よく聞く吹き回しの「最近の若者は~」はエジプトBC時代にも書かれていたとされ、清少納言や徒然草にも書かれている。

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