1. まとめトップ

◆町工場だった任天堂。1人の天才が「世界の任天堂」に変えた!

やりすぎ都市伝説2017年秋SPより一部抜粋し、掘り下げてみました。

更新日: 2019年11月06日

0 お気に入り 2530 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

kotsukotsu7さん

◆任天堂◆

元々は花札やトランプを作成する地方の町工場だった。
なぜ小さな町工場が世界の任天堂に?

1人の天才がいた。

*横井軍平*

「私は世界で初めての物を作るのが生きがいだ。」

スティーブンスピルバーグ監督やビルゲイツからも称賛されたことがある人物。
横井は、任天堂でとんでもない大ヒット商品を次から次へと生み続けた。

・ウルトラハンド 1967年

一番初めに製品にした商品。
120万台販売。

今では安全拾得器に応用されている。(線路の落とし物を拾う道具)

入社当初、暇つぶしで格子状の伸び縮みするおもちゃを作り遊んでいたところを社長の山内溥に見つかり、社長室に呼び出された。 

「それをゲーム化して商品化しろ」

物を掴めるように改良を加えて『ウルトラハンド』として商品化。

・ゲームウォッチ 1980年

任天堂開発による初の携帯型ゲーム機。
全世界で4800万台販売。

新幹線の中で暇潰しに電卓のボタンを押して遊んでいる人を見て、「暇つぶしのできる小さなゲーム機」として発案。

当初は、ビジネスマンなどが通勤途中に遊べるものという目的で、ワイシャツのポケットサイズでデザインされた。
ゲーム内容も「誰もが説明書を読まなくても遊べるゲーム」を目指し、親指でボタンを押すだけの極力シンプルなものにした。

・ゲームウォッチ マルチスクリーン 1982年

ビルゲイツが称賛した、世界で初めての発明『十字ボタン(キー)』が採用されている。

指で触れるだけで4方向入力ができる事が画期的で、今までのゲームではありえなかった創造性を実現できた。

感動したビルゲイツは、
「未来に残るのはキーボードじゃない。この十字キーだ。」と大絶賛した。

発売から35年経った今でもこの十字キーを超えるボタンはないと言われている。

・ゲームボーイ 1989年

ゲーム業界トップの1億台以上売り上げている。

ゲームボーイは、発売当初は用途があまり重要ではなかった「通信ポート」を搭載している。
理由は、あまりコストが跳ねないから、付けておけばなにか面白いゲームができるかもしれないから。

後にプレイヤー間の通信がゲームの中心要素となる。

また、こんなエピソードもある。

任天堂は、ゲーム会社にできる唯一の支援として、湾岸戦争の際にアメリカ軍兵士に暇潰し用としてゲームボーイを提供した。
その後、空爆で倒壊した兵舎から発見されたゲームボーイは外装がひどく焼けていたが、内部には問題はなく正常に作動した。

・バーチャルボーイ 1995年

3次元空間をディスプレイでのぞき込んで遊ぶゲーム。

完全に今流行りのVR。
当時3Dはなじみがなく、バーチャルボーイは歴史的大失敗。
発売から5か月で撤退。

スティーブン・スピルバーグ監督は大絶賛した。

・チリトリー 1979年

リモコンで操縦できるお掃除ロボット。

完全にルンバ。
「早すぎたルンバ」と言われている。
38年前に既にルンバの原型を商品化していた。

失敗しても、コンセプトは引き継がれ花開いている。

1 2