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夏野剛(なつの たけし)さんって、どんな人?

ネットで話題になっている夏野剛(なつのたけし)さんについて調べてみました。

更新日: 2017年10月13日

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ざっくり紹介 (詳細は下記記載)

1965年3月17日生まれ、神奈川県出身。
東京都立井草高等学校で爆笑問題の片玉になる田中裕二と友人だった。

早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、1988年に東京ガスに入社、5年後1993年に退社。
ペンシルベニア大学ウォートン校の経営大学院に留学、1995年に経営学修士(MBA)を取得。

1995年帰国後、株式会社ハイパーネットで、「ハイパーシステム」事業立ち上げに社外ブレーンとして参画し、後に自ら同社の海外戦略担当副社長に就任した。
が、1997年ハイパーネット倒産。

1990年代後半にかけてのITベンチャー企業ハイパーネットの躍進と崩壊を、板倉雄一郎社長自らが記した『社長失格』。

1997年にハイパーネットが経営破綻したため、松永真理らの誘いで同年エヌ・ティ・ティ・ドコモに転職、iモードビジネスの立ち上げに携わる。

iモードの見せ方(企画面)は松永によるところが大きいが、公式メニューの仕組みやキャリア課金の仕組みなど、ビジネスサイドはこの人が作ったそうです。

その後も、おサイフケータイなども作り、2005年にはエヌ・ティ・ティ・ドコモの執行役員になるが、3年後、2008年エヌ・ティ・ティ・ドコモ退社。

退職後すぐに大学教授、社外取締役などに就任し、実績を重ねている。

慶應義塾大学の大学院にて政策・メディア研究科の特別招聘教授に就任。
セガサミーホールディングス、ぴあ、トランスコスモス、エヌ・ティ・ティレゾナント、SBIホールディングスなどの社外取締役に就任した。
同年7月4日、ドワンゴ常勤顧問に就任、同年12月25日に取締役就任。

ドワンゴでの初仕事はニコニコ大会議2008の司会。

ひろゆきによると、大きなビジネスになったが黒字化のメドが経たないニコニコ動画を何とかするために「大人のプロトコルが分かる人」と言う理由で請われて来たらしい。
本人はかなり乗り気。「黒字化担当」と自己紹介した。
「毎日出社している」「いろいろやっているけど、これが本業」と言い切った。
黒字化担当なので「黒字」が口癖のようである。

かつて勤めていたNTTドコモを辞めた理由は「つまらなくなったから」らしい。

ニコニコで自由な発言

選挙を占拠

「孫さーん、iPhoneくださーい。ジョブズさいこー」

退職理由は「つまらなくなったから」

夏野剛氏 詳細

プロフィール

夏野剛(なつの たけし)
生誕  1965年3月17日
出身地 神奈川県
国籍  日本
出身校  早稲田大学政治経済学部卒業
    ペンシルベニア大学ウォートン校卒業
職業 カドカワドワンゴ、セガサミーHD、ぴあ、トランスコスモス、
   グリー、U-NEXT、ディーエルイー各社取締役
   慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授

略歴

神奈川県出身。
東京都立井草高等学校(爆笑問題の田中裕二は同級生)、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、1988年に東京ガスに入社。
1993年に退社後、ペンシルベニア大学ウォートン校の経営大学院に留学、1995年に経営学修士(MBA)を取得。
同年日本に戻り、いわゆる一般的な広告モデルとは一線を画すダイレクトマーケティングモデルによるインターネットサービスプロバイダ(ISP)支援システムとしても一時話題となった、板倉雄一郎設立の株式会社ハイパーネットで、「ハイパーシステム」事業立ち上げに社外ブレーンとして参画し、後に自ら同社の海外戦略担当副社長に就任した。

1997年にハイパーネットが経営破綻したため、松永真理らの誘いで同年エヌ・ティ・ティ・ドコモに転職、iモードビジネスの立ち上げに携わる。

iモード以後もおサイフケータイをはじめとするドコモの新規事業を企画・実践、他社との幅広い提携を推進した。
同社在籍中は、モバイル事業に関連する合弁会社などを多数立ち上げている。
モバイル広告分野では、電通、NTTアドと「ディーツーコミュニケーションズ」(D2C)を設立。日本マクドナルドとは、モバイルを活用したマーケティング企業「The JV」を設立した。

2005年6月、同社の執行役員(2005年5月10日新設)に就任。取締役に次ぐポストで、NTTグループとしては異例の昇進となった。

iモードビジネスにおける功績は、国際的にも知られている。米国の経済誌『ビジネスウィーク』は、2000年1月17日号において、iモードビジネスに関する特集記事を組んだ。

2008年6月にエヌ・ティ・ティ・ドコモ退社。
慶應義塾大学の大学院にて政策・メディア研究科の特別招聘教授に就任。
同月、セガサミーホールディングス、ぴあ、トランスコスモス、エヌ・ティ・ティレゾナント、SBIホールディングスなどの社外取締役に就任した。
同年7月4日、ドワンゴ常勤顧問に就任、同年12月25日に取締役就任。ニコニコ動画の「黒字化担当」として活動。

2009年HTMLの標準化団体であるWorld Wide Web Consortium(W3C)の顧問会議委員(Advisory Board member)に選挙により選出される。
アジア出身者初のBoardに就任(2011年再選)。
2009年9月グリー社外取締役。2010年より政策シンクタンク・大樹総研の客員研究員就任。

<ニコニコ大百科(仮)>

夏野剛は、株式会社ドワンゴの取締役である。
担当は、黒字維持、一般化、国際化。

ニコニコ大百科(仮)略歴

1965年生まれ。
高校時代は後に爆笑問題の片玉になる田中裕二と同級生(2・3年生)であり、ウーパン(田中)・ナツノとお互い呼び合う仲である。

1988年、最初の就職先が東京ガス。
1997年、会社を一つ潰した。仕事も人生も「一寸先は闇」を確信した。
1997年、NTTドコモ入社。松永真理と並んで、iモードを作った一人として有名である。iモードの見せ方(企画面)は松永によるところが大きいが、公式メニューの仕組みやキャリア課金の仕組みなど、ビジネスサイドはこの人が作った。
1999年8月、ドワンゴがiモード用のゲーム「釣りバカ気分」の企画を持って来る。その時、「(一千万くらい)すぐ稼げるよ」と言い放ち、ドワンゴの面々から怪しさナンバーワンの人物と思われてしまう。

2008年6月、NTTドコモを退社。その後、他社の社外取締役に就いたり、大学に籍を置いたり。
2008年7月4日、ドワンゴの常勤の顧問に就任。
2008年12月25日、ドワンゴの取締役に就任。
2010年11月より、文化放送とニコニコ生放送のサイマル生放送で、番組をスタート。→エバンジェリスト夏野剛土曜会議室

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mickeyluckyuppyyさん

アニメ、マンガ、アイドルが好きで、まとめています。