1. まとめトップ

銀河鉄道の夜【宮沢賢治】あらすじ解説

「銀河鉄道の夜」は1931年(昭和6年)くらいまでに書かれた作品ですが、何度も書き直して結局完成はしていません。鉄道で銀河の旅をするイメージとしての美しさが印象的ですが、構造も内容もとても充実した、小宇宙とも呼ぶべき作品です

更新日: 2018年11月09日

4 お気に入り 14803 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

タイトルを聞いたことがないという日本人は居ないのではないでしょうか。名作の誉れ高く、派生作品も多いのですが、しかしなにぶん戦前の作品です。文章が古く、最終的に未完成のままという事情もあいまって、普通の人には非常に読みにくい作品です。

ですが理解できないままではもったいないので、段階的に掘り下げて咀嚼してゆければと思います。

あらすじ(以降ネタバレあります)

全体は三部構成です。

現実世界
夢世界(銀河鉄道)
現実世界

となっています。

(現実世界)

ジョバンニは小学生です。お父さんは遠いところ行って行方不明、お母さんは病気で寝たきりです。小説にでも書いたように不幸です。小学生なのに家計を助けるために働いています。登校前と下校後の労働のせいで疲れがたまって、頭も十分に回りません。父同士が友人だった親友カムパネルラも、最近ではあまり話が出来ていません。その上、クラスにはザネリという嫌な奴がいてからかってきます。クラスで仲間はずれになっているのです

すっかり嫌になったジョバンニは、お祭りの日も丘に上って一人さびしく空を見ていました。丘の下には列車が楽しそうに走っています。

(夢世界)

そして、ふと気づくといつの間にか、列車に乗っています。銀河鉄道という列車です。向かいには親友のカムパネルラも乗っています。二人で楽しい星空の旅をします。いろんな人や、いろんな風景に出会える充実した時間でした。鳥取りのおじさん、燈台守、タイタニックの死者らしき三人組(青年、かおる、ひろし)、なんだか自分がひとまわり成長できたような気がしました。

しかしカムパネルラが「あそこにおっかさんが居る」と言い出します。そこを見てもなんにもありません。腕を組んだ二本の電信柱が立っているだけです。振り返ってカムパネルラのほうをもう一度みると、彼は消えていました。ジョバンニは泣きます。

(現実世界)

目が覚めました。すべては夢でした。起き上がったジョバンニは町に行きます。町はなんだか騒動になっています。カムパネルラが水に落ちたというのです。水に落ちたザネリを助けようとして自分も水に入り、救助には成功したのだが、今度はカムパネルラが溺れて行方不明だと。

水辺にはカムパネルラのお父さんが居ます。お父さんは時計を取り出し、もう時間がたったから捜査を打ち切ろうと言います。そしてジョバンニに言います。「君のお父さんから手紙があった、じきに帰ってくるだろう。明日放課後、(息子の葬式に)うちにあそびに来てほしい」と。ジョバンニは万感迫り、胸が詰まって物が言えず、自宅に駆け出します。

章立て表

簡単な章立て表です。
Aパートは現実、Bパートは夢、Cパートはふたたび現実です。

作者宮沢賢治は九章まで書き入れています。九章「ジョバンニの切符」以降は長い文章ですがタイトルが記入されていません。そもままでは説明も分析もしづらいので、このように書いてみました。

漢数字は作者が記入した章番号、英数字は私の加えた章番号です。

対応表

この作品は、現実と夢が対になっています。未完成作品ですから完全ではありませんが、できるだけ対にしようと書かれています。

さすがに順序まではコントロールしきれていませんが、まずまずきれいに対応させています。

対になっていることを賢治は、「光と影」の描写で暗示しています。
最初にジョバンニが街灯の光による、自分と自分の影の対応に反応します。

(四、ケンタウル祭の夜より)
坂の下に大きな一つの街燈が、青白く立派に光って立っていました。ジョバンニが、どんどん電燈の方へ下りて行きますと、いままでばけもののように、長くぼんやり、うしろへ引いていたジョバンニの影ぼうしは、だんだん濃く黒くはっきりなって、足をあげたり手を振ったり、ジョバンニの横の方へまわって来るのでした。
(ぼくは立派な機関車だ。ここは勾配だから速いぞ。ぼくはいまその電燈を通り越す。そうら、こんどはぼくの影法師はコムパスだ。あんなにくるっとまわって、前の方へ来た。)


そして銀河鉄道の旅でも、2度似たようなシーンが出てきます。

(七、北十字とプリオシン海岸より)
さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩をならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室の中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻のように幾本も幾本も四方へ出るのでした。

(八、鳥を捕る人より)
カムパネルラは、車室の天井を、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫がとまってその影が大きく天井にうつっていたのです

という風に、3回「光と影」の描写をして、「現実と夢が対応しているんだよ」と読者にそれとなく伝えているのです。

上記対応表を、ストーリー考える上で重要なポイントのみ抜き出しました。順序も夢のBパートにそろえて、AとCは変えています。こうするとジョバンニの成長のストーリーが見えてきます。

これを見ると、銀河鉄道でのジョバンニの精神の成長がひととおり理解できます。

(Set1)

1 活版所での労働=鳥取りの労働
現実世界では、ジョバンニの家計を助けるために労働しています。
夢の世界では世俗的な人、鳥取りに出会います。彼は身の丈にあった労働を一生懸命やっています。

2 大人の態度=鳥取りへの態度
現実世界の職場の活版所では、周りの大人から冷たく笑われます。
夢の世界では、ジョバンニもカンパンベルラも鳥取りを少々馬鹿にしています。

3 報酬の砂糖=報酬の鳥菓子
現実世界では、ジョバンニは活版所の労働の報酬として銀貨を受け取り、それでパンと砂糖を買います。砂糖はお母さんの牛乳に入れてあげるためです。孝行息子です。
夢の世界では、鳥取りが労働の代償として得た鳥菓子をもらいます。甘くておいしいです。親切です。

4 小さな活字拾い=鉄道チケット
現実世界では、目をこすりながら小さな活字を拾い続けます。その代償としてお金を得ます。
夢の世界では、それは鉄道のチケットになっています。チケットには小さな十字架がたくさん印刷されています。人のため(病気の母のため)の労働の尊さでしょう、鳥取りが驚くほどの貴重なチケットのようです。

鳥取りは身の丈に合った労働しかしていません。ジョバンニは身の丈以上の労働をしています。その功徳で、高いランクのチケットを持っているのです。

このセットでは、労働の必要性、他者のための労働の尊さを学びます。

(Set2)

5 姉のトマト=りんご
現実世界では、嫁に行った姉が作ってくれたトマトを食べます。
夢の世界では、燈台守がくれたすばらしいリンゴを大事にポケットにしまいます。
このセットでは、他者からの恵みのありがたみを学習します。

(Set3)

6 ザネリによる疎外=かおるを疎外
現実世界では、嫌な奴の同級生ザネリに、「ラッコの上着が来るよ」、つまり「お父さんがお土産を持って帰ってくるといっていたが、帰ってこないじゃないか」と嫌味を言われて、不快になります。
夢の世界では、同乗のかおる(ひろしの姉)の発言に不愉快になります。

7 ザネリと集団による疎外=カンパとかおるによる疎外
現実世界では、こんどはザネリが同級生をひきつれて、「ラッコの上着が来るよ」と囃し立てます。まさにいじめです。
夢の世界では、ジョバンニを放っておいてカムパネルラとかおるが楽しそうに話をします。まさに疎外です。

8 子供の片足跳ね=インディアンのステップ
現実世界では、子供が片足で跳ねます。ジョバンニはいじめを受けていたので、彼らが目に留まりません。
夢の世界では、インデアンが不経済なステップ、つまり無駄なステップで走って鳥を取ります。ジョバンニは少し楽しい気持ちになります。

(以下解釈訂正しました)

ここで「鳥」が重要になります。この作品で「鳥」は言葉の意味です(説明は後述します)。

ジョバンニはザネリにいやな言葉を投げかけられて、自分の言葉を失います。
インディアンが鳥を獲得するのを見て、ジョバンニも自分の言葉を取り戻します。

(Set4)

9  (ジョバンニ乗車)=発破で跳ね上げられる魚
現実世界では、ジャバンニは、眼下の鉄道を見て、その列車の中でみなが楽しくしていることを想像し、つらくさびしい自分の身の上を嘆いていると、いつのまにやら銀河鉄道の中に跳ね上げられています。
夢の世界では、発破で跳ね上げられる魚を見て、その中に自分自身の姿を見ます。


10 (ザネリ水没、救助)=さそりの話
現実世界では、(のちに伝聞の形で聞きくのですが)ザネリが烏瓜(からすうり)のあかりを水に流そうとして、船が揺れ、水に落ちます。
夢の世界では、水に落ちたさそりの話を聞きます。いたちに追いかけられて、井戸に落ちたさそりが後悔します。「今まで虫を食べて生きてきた。あのままイタチに食べられてあげれば、イタチは一日生き延びられた。水に落ちてはなんにもならない。食べられてあげればよかった」と。その心を嘉した神様が、さそりを空に上げさそり座になり、心臓がアンタレスになったという話です。

このセットでの学習内容は多く、全編のまとめになります。

生物は捕食し、捕食されて生きています。だれかが幸福になれば、だれかが不幸になります。だから自分の不幸は、だれかを幸福にすることなのです。だから不幸を不幸と思うべきではないのです。自己犠牲の尊さにより、さそりは天空に引き上げられ、ジョバンニは銀河鉄道の旅を体験できているのです。

(Set5)

11 (カムパネルラ水没)=母のところへゆくカンパ
現実世界では、水没したザネリを助けようとして、カムパネルラが溺れます。
夢の世界では、カムパネルラは列車の外の野原に母の姿を見て、そこへ行こうとして、列車から消えてしまいます。

12 帰宅するジョバンニ=腕を組んだ二本の電信柱
現実世界では、最後のシーンはジョバンニが家へ帰ろうとするシーンです。カムパネルラは死にました。彼との銀河鉄道の旅の思い出を抱えて、彼は走り出します。
夢の世界では、最後のシーンは窓の外に見える、腕を組んだ二本の電信柱です。電信柱を見て、振り返るともうカムパネルラは居ませんでした。

カムパネルラは死にましたが、居なくなっていません。ジョバンニとカムパネルラは、親友であり続けます。二人はこれからも、腕を組んで歩み続けるのです。

まどかマギカのような話ですね。というより「銀河鉄道の夜」はそれくらい、後世に影響を与え続けている重要な作品なのです。
アニメには「友達物語」異様に多いですが、基本「銀河鉄道」の影響と考えて間違いありません。じゃぱりバスに乗ってるかばんとサーバルも近いですね。

以上まとめます。
銀河鉄道の体験で、ジョバンニは労働の尊さ、好意による恵みの尊さ、自分の言葉の獲得、そして自己犠牲の尊さを学びます。学ぶ対象は列車に乗ってくる人々、および親友カムパネルラです。体験の後ジョバンニは、自分の不幸な境遇を嘆くのではなく、前向きに歩んでゆける精神を身につけることが出来ました。

1 2 3