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朝ドラ『まんぷく』のモデル!日清食品創業者「安藤百福」とは?

2018年度後期の朝ドラに決まった『まんぷく』(脚本:福田靖)。日清食品創業者「安藤百福」夫妻をモデルにしたストーリー。百福は日本統治下だった台湾生まれ。戦中戦後と激動の人生を経て、チキンラーメンの開発に成功。「浅間山荘事件」をきっかけに大ヒットしたカップヌードルで、日清を世界企業へと育てた。

更新日: 2017年11月18日

aku1215さん

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◆18年度後期の朝ドラは『まんぷく』に決定

脚本を担当するのはドラマ『HERO』や『海猿』シリーズ、『ガリレオ』シリーズ、NHK大河ドラマ『龍馬伝』などを手掛けた福田靖。

◆主人公のモデルは日清食品創業者「安藤百福」夫妻

モデルとなるのは、日清食品創業者の安藤百福(あんどう・ももふく)氏と妻の仁子(まさこ)氏。

戦前から高度経済成長時代にかけての大阪を懸命に生き抜く夫婦が、失敗してはどん底から立ち上がる“敗者復活戦”を何度も繰り返した末、「インスタントラーメン」の開発に成功する波乱万丈の物語を描く。

大阪放送局制作では「マッサン」「あさが来た」「べっぴんさん」「わろてんか」に続き、5作連続で史実をもとにした物語になる。

◆今や世界から宇宙にまで広がる日清食品

「カップヌードル」「チキンラーメン」「どん兵衛」「ラ王」などの定番ブランドを展開する、即席麺大手の日清食品ホールディングス。日本国内では約4割の圧倒的なシェアを誇る。

1971年の誕生以来、多くの方々に愛され続けてきた「カップヌードル」。今ではアメリカ、アジア、ヨーロッパなど世界80カ国以上で発売されており、その累計販売食数は400億食を超えています。

日清食品では、創業者の安藤百福氏の「宇宙食を開発したい」という強い意向を受けて、2001年に社内にプロジェクトチームを結成。地上のカップ麺と同じ具材などを開発。「スペース・ラム」と名づけられ、2005年、野口飛行士の宇宙食として採用されました。

◆元々は台湾生まれの創業者「安藤百福」

「台湾総督府」

1895年から1945年まで台湾は日本の統治下にあった

22歳の時、台北にメリヤスを日本から輸入する繊維商社「東洋莫大小」を設立し、成功します。次第に事業を拡大し、33年には日本に移り、集荷・問屋行を事業内容とする「日東商会」を設立。

台北=台湾の中心都市

事業が軌道にのってくると、これからの時代は学問を修めていないと肩身が狭いと思うようになり、立命館大学専門学部経済科(夜学)に入学。社員も増え、社長として出張等も多く、満足に通える状況ではなかったが、大阪進出の翌年、昭和9年(1934)に24歳で修了。

◆憲兵隊・空襲・巣鴨プリズン…戦中戦後と激動の人生

戦時下でも幻灯機や軍用機用エンジン部品やバラック住宅の製造、炭焼きなど次々に事業を起こす。その時軍用機エンジン工場で資材横領のあらぬ疑いをかけられ、拘束・拷問を受ける事件もあった。

なんとか留置場から出ることができた百福ですが、1945年3月からの大阪大空襲により、百福の大阪事務所や工場はすべて灰燼に帰してしまい、終戦を迎えます。

今度はGHQに目をつけられ、脱税容疑で巣鴨プリズンに収監されてしまいます。疑惑を晴らすために弁護団を結成して2年間、法廷闘争で徹底抗戦しますが、やがて税務当局から訴えを取り下げれば釈放すると言われてこれに応じ、2年の収監から解き放たれます。

釈放後の昭和26年(1951)11月、請われて大阪で新設された信用組合の理事長に就任する。しかしこれが破綻、百福は理事長として責任をとり、大阪池田の自宅を残してすべての財産を失ってしまった。

◆妻のヒントで「チキンラーメン」を完成し、人生の逆転劇が始まる

しかし、それでも不屈の精神は消えず、食糧難に喘いでいた日本を救いたいとの一心で、今度は独学でインスタントラーメンの開発を進めます。

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