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【平成は】元号の長さランキングショー!!【意外に長い!?】

遂に平成の世が終わり、あらたな元号が歴史の観客としてその瞬間を目撃します。そこで見ていきたいのが、どの元号がどれくらい続いたかです。平成を覗いたランキングで一体平成や明治や大正はどの位置かを見ていきます。また、その長い期間にどんな事件があったのかを雑学としてみていきましょう。

更新日: 2017年11月29日

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この記事は私がまとめました

10位・慶長(1596年~1615年)20年

文禄5年に大地震が立て続けに起きたことで慶長に改元されたが、慶長年間ではその後も巨大地震が相次いで発生している(「慶長大地震」も参照)。また、大きな出来事として慶長5年の関ヶ原の戦い、徳川家康による慶長8年の江戸幕府開幕、慶長19年~20年の大坂冬の陣・夏の陣を経て大坂城の落城(豊臣氏滅亡・元和偃武)などがあり、この年間で時代が大きく動くこととなった。

秀吉の最期から豊臣家の最期といった感じです。噴火が多いのも特徴です。

9位・享保(1716年~1736年)21年

① 質素倹約(しっそけんやく)を進める。
 ② 武芸(ぶげい)と学問を進める。
 ③ 公事方御定書(くじがたおさだめがき)を決めて、裁判の公正をはかった。
 ④ 目安箱(めやすばこ)を置き、民衆の意見を聞こうとした。
 ⑤ 新田開発を行った。
 ⑥ 上米の制(あげまいのせい)を定めた。

これが改革の内容です。基本的には平和な時代だったのかもしれません。飢饉はありましたが…。

江戸時代の四大飢饉で、死者は1万以上で、250万人の飢餓者が出たようです。

青木昆陽によって、サツマイモが作られるようになりました。なお新井白石は「これは毒だから食べるな」と言っていたようです。

8位・天平(729年~749年)21年

「天平時代」は「明治時代」「太平洋戦争後」と同じように先進国に追付き追い越せの時代で、躍動溢れる活気のある時代でした。それだけに、あらゆる分野にわたって当時の先進
国「唐」の影響を、一番受けたと言うより受け入れた年代でした。その唐の影響を受けての
仏像の制作は、色々な種類の素材が使われました特異な時代でした。

様々な文化もできました。

墾田永年私財法や東大寺大仏の開眼法要などの、現代の日本にも影響しているような事をしています。

7位・延喜(901年~923年)23年

醍醐天皇は摂関を置かず、また延喜格式が編纂されるなど、後世の人々から天皇親政による理想の政治が行われた治世と評価され、同じく10世紀中期に天皇親政が行われたとする村上天皇の治世(天暦の治)と併せて延喜・天暦の治と呼ばれた。

ただし藤原氏の権力も高くなりだしたのもこのころで、支配体制の確立が出来だしました。

これが編纂されたのもこの時代ですが、政治は結構不安で災害も多いので改元されることになりました。

6位・天文(1532年~1555年)24年

火縄銃が種子島に伝わりました。なんと数年で量産が出来たというのですからすごいものです。

毛利は大内(陶)から、武田は父をといった下剋上が活発でした。戦乱活発化と言ったところでしょうか。

5位・正平(1347年~1370年)24年

の時代です。ただしどちらかと言いますと、南北朝の混乱があるようで、安定の時代はもう少し先かと思われます。

尊氏の重臣・高師直(こうのもろなお)・師泰(もろやす)兄弟は専横を極め、尊氏の弟・直義(ただよし)と対立した。直義は正平5(1350)年、南朝に帰順し、その権威と武力を背景に、高兄弟の打倒を図った。

尊氏は高兄弟の側について、直義と戦ったが大敗。高兄弟は負傷し降伏したが、殺されてしまった。尊氏と直義は表面上は和解したが、翌年、不和が生じ、直義が京都から逃れ去ったので、尊氏は追討の兵を上げることとした。

二つの年号、内紛の激しさで元号が変わらなかったのでしょうか。

4位・延暦(782年~806年)25年

10年ほどありました。日本のシェリーマンが解明したのです。なお、藤原種継暗殺事件が尾を引いて、再び遷都します。ここで年号を変えないのが意外です。

一つの元号で二度も遷都があったとは驚きですよね。
なおこの時代に山城国となりました。山背だったのは聖徳太子の息子の名前から取っています。
794年は泣くよ坊さんで覚えましょう。
しっかりとした理由があって、遷都の際借金を踏み倒して逃げたからだそうです。つまり坊さんに借りていたわけです。

このころ入唐したのです。満濃池を作ったのは有名です。のちに西島八兵衛がさらに改修をします。

3位・応永(1394年~1428年)35年

とても平和で、特に桜栄10~22年は戦争が途絶えて「応永の平和」と言われていました。

この金閣寺もこのころ出来ました。

生まれたのもこのころです。なお死ぬときは、戦乱真っただ中でした。

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