1. まとめトップ

ボイメンこと BOYS AND MENの魅力 略歴 メンバープロフィール まとめ 随時更新

ボイメンの魅力を、ざっくりまとめてみました。※随時更新

更新日: 2017年12月15日

1 お気に入り 1702 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

m8ananaさん

◆名古屋を拠点に活動するグループ [BOYS AND MEN]

各メンバーごとに、テーマカラーがある。

上段左から
赤/辻本達規
銀/田中俊介
金/水野勝
青/田村侑久
黄緑/小林豊

下段左から
紫/土田拓海
緑/吉原雅斗
ピンク/本田剛文
白と紺/勇翔
黄色/平松賢人

爽やかさもあるイケメンでありながら、
男くさい男子校のようなノリと、男気あふれるがむしゃらさ、体育会系の団結力とガッツがある。

新曲によって、イメージ衣裳を新調するが、
通常は、装飾が派手に施された学ラン衣裳を着ることが多い。

ラジオ、テレビ、映画、イベント、歌、ドラマ、バラエティ、情報番組に至るまで、幅広い活動を展開し、
レギュラーは、20本を越えている。

メンバーは、ソロとしても、映画やドラマなどで活躍中。

愛知県観光特使

愛知県警察広報大使を歴任

江原道観光広報大使(冬季オリンピック開催地エリア)

◆エンターテイメント集団 & 名古屋の町おこしお兄さん

水野 「僕たちは、地域密着型なんです。地元愛や、地元を盛り上げたいっていう気持ちがすごく強いんですね。だから、有名になって大きなところでライブをやって…みたいなことだけじゃなくて、自分たちが活動している本拠地・名古屋を盛り上げて行きたい、町おこしをしたいっていう思いがあって。そういう意味で、「エンターテイメント集団」だと思ってます。」

吉原雅斗 「イケメングループって言われてきましたが、しっくりくる肩書ではないと感じていました。ボイメンは名古屋の町を活性化させる、近所のお兄さんのような存在でありたいという考えから “町おこしお兄さん”と名乗るようになったんです」

出典テレビガイド

田村 「僕らの強みは、他のグループにはない親近感だと思ってます。ファンの方とも触れ合う機会が多いですし、身近な存在なんじゃないかなと。」

◆スローガン/夢は諦めなければ必ず叶う

勇翔 「BOYS AND MENの活動コンセプトが、『あきらめなければ夢は必ず叶う』ということです。僕らはずっとその気持ちを貫いてきたし、これからも貫き通していきたいと思っています。」

出典ミュージック ヴォイス

田中俊介 「少なくとも今の10人は『夢は必ず叶うもの』と信じ続けてきたし、今でも信じてやり続けています。その信じる気持ちが10人の心を支えてきたのは間違いないと思います。」

出典ミュージック ヴォイス

◆関係性 / メンバーを表す言葉は「家族」

小林豊 「BOYS AND MENのメンバーって、もはや家族なんですよね。互いのことを何でも知っているし、何でもわかりあえている。いや、"分かり合いたい"とみんなが無意識の中で思ってるから、自然とそうなっていくんでしょうね。」

出典ミュージック ヴォイス

出番前には、舞台袖で円陣を組み、「BOYS AND MEN ヨロシク!」とかけ声をかけるのが、ルーティンになっている。

◆主なライブ&チャート&受賞暦

2015年 2月 名古屋日本ガイシホール 一万人ライブ開催

2016年 1月 初 オリコン1位 「BOYMEN NINJYA」

2016年 3作連続オリコンデイリーチャート1位
「BOYMEN NINJYA」「Wanna be!」「YAMATO☆Dancing」

2016年 11月 アジアミュージックアワード ライジングスター賞受賞

2016年 12月 オリコンウィークリーアルバムチャート1位『威風堂々〜B.M.C.A〜』

2016年 12月 第58回輝く!日本レコード大賞 新人賞受賞「YAMATO☆Dancing」

2017年 1月 日本武道館 初単独ライブ開催

2017年 2月〜5月 初全国47都道府県ツアー 開催

2017年 8月 オリコンデイリーチャート1位「帆を上げろ!」

2017年 第31回日本ゴールドディスク大賞 ベスト5ニューアーティスト受賞

2017年 10月 iTunes総合アルバムチャート 2作連続1位
「帆を上げろ!」「友ありて・・」

2017年 12月20日 アルバム『友ありて・・』リリース

2018年 2月17日(土)、18日(日) 愛知県体育館2DAYS単独LIVE開催決定

◆これまでの歩み

メンバー全員が、何の実績も経験もないゼロからのスタート。
ひとつひとつ、夢を叶えてきた。

▼結成2010年 / 過酷な下積み時代

東海地方出身で、芸能活動を目指すなら、東京や大阪へ行くのが主流のなか、
[東海地方出身&在住者で、名古屋のエンターテイメントを盛り上げたい]というコンセプトのもと発足。(メーテレのオーディション番組)

初期は、稽古場が無く、ちょっと傾けたら止まるラジカセで、公園や、雨をしのげる高架下などで稽古。
さらに、名古屋には、元々、劇場が非常に少なかったため、成果を披露する場所すら無かった。

チラシを必死に配っても受け取ってもらえなかったリ、
心ない言葉を浴びせられて、目の前で配ったチラシを破られたことも。

そんな不遇の時代は、約3年続き、その間は無給状態。
メンバーは、食べるのも必死で、コンビニのホットスナックや駄菓子でお腹を膨らます時も少なく無かったという。

初舞台には、5〜6人ほどのお客しかいない状態で、
当初100人程いたメンバーは、時とともに辞めていき、最終的に現10人となった。

▼地道にガムシャラに活動 / 名古屋を代表するエンタメ集団に

名古屋テレビ塔下に、自ら舞台を設営しライブしたり、
メンバー自らチラシ配りをしたり、滝行を敢行したりしていくうち、
レギュラー番組を獲得。

冠番組をもち、徐々に支持を得ていく。

愛知、岐阜、三重の東海地方のTV、ラジオを中心に歌、ダンス、芝居、ミュージカルなど幅広く活動。

出典音楽出版社

ーーーその下積時代から1万人ライブへと名古屋を代表するエンターテイメント集団に成長したわけですね。

水野:決して1万人ライブまでは楽な道のりではありませんでした。

小林:1万人ライブが決定した時には、まだ150人規模のところでライブをしていました。僕たちは技術が秀でてあるわけではなかったので、大きな夢を持っているという思いを伝え、そうすることで応援してくださる人が「私が応援しているグループはこんなに大きな夢を持っているんだよ」って、ひとりが10人に、その10人から100人にと広がって、たくさんの方々に応援していただけるようになったんです。

水野:日本ガイシホールの1万人ライブが決定したころに、テレビでレギュラー番組を持たせていただき、番組を通して僕たちのことを知っていただけるようにもなりました。

小林:テレビの影響もありましたが、まだまだ1万人分のチケットがすぐに完売するわけではなく、街頭に立って手売りをしたり、チラシを配布したりもしました。色々な活動をしてようやく1万人にたどり着きました。その時に、このメンバーと一緒ならどんな夢でも叶うと思いました。

出典アソビスト

日本ガイシホール1万人ライブの為、チラシ配りをする姿がおさめられています。

1 2 3 4 5 6 7 8