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日本は誰と戦ったのか

「東西冷戦」は一九九一年のソ連の崩壊によって終結したと言われていますが、それはヨーロッパの話です。残念ながらソ連崩壊のあとも、アジアには中国共産党政府と北朝鮮という二つの共産主義国家が存在し、アジア太平洋の平和と繁栄を脅かしているのは御承知の通りです。

更新日: 2019年05月18日

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trauma2896さん

財政出動だけやって景気回復するなら
麻生内閣の時にとっくに景気よくなってるはずだからね。
資本主義経済である以上、金融政策によって市場を活性化させないと
民間の消費も雇用も生まれない。財政出動によって潤うのは公務員とそれにくっついてる一部の企業だけ

二十世紀とは、ソ連・コミンテルンとの戦いであった!

出典ironna.jp

第二次世界大戦前後の時期に、アメリカ政府内に多数のソ連のスパイが潜入したことを暴いた「ヴェノナ文書」の公開以降、同国内では「ルーズヴェルト政権はソ連や中国共産党と通じていたのではないか」という古くからの疑念が、確信へと変わりつつある。当然、当時をめぐる歴史観の見直しも進んでいる。しかも、そのピッチは近年、急加速していると言っていい。

http://ironna.jp/article/915

私がいつも批判している反日論壇ジャパン・フォーカスは、別名をアジア太平洋ジャーナルというのだが、戦前、アメリカで反日世論を煽りまくったシンクタンク「太平洋問題調査会」と似てるんですよね。名前もそうだし、やってることも極左ばかりなの… twitter.com/i/web/status/9…

ヤルタ会談でルーズベルトに同行したアルジャー・ヒスも、フライングタイガーの中国派遣を仕組んだラフリン・カリーも、ハル・ノートを作成したハリ・ホワイトも、みんなソ連のスパイだった。ルーズベルト政権の実態は容共であり、共産主義の拡散を… twitter.com/i/web/status/9…

「日本は誰と戦ったのか~コミンテルンの秘密工作を追求するアメリカ」は全日本人必読の書だと思います! 第二次大戦当時のルーズベルト政権には、かなり多数のソ連のスパイがいて工作を行い、日米を戦争させ、東欧や中国などを共産化しました。… twitter.com/i/web/status/9…

●アメリカでルーズヴェルト批判がタブーだったわけ
●ソ連のスパイが書いたハル・ノート原案
●日米開戦へと追い込んだモーゲンソー私案
●変遷する「リメンバー・パールハーバー」
●ソ連の対米工作を描いた『スターリンの秘密工作員』
●ソ連の対日参戦に反対した米軍幹部たち
●天皇と皇族男子を監禁しようとしたソ連
●「過酷な和平」派による日本解体計画
●ヤルタ会談を仕切っていたある一官僚
●マッカーサーも対日参戦に反対していた

二十世紀とは、ソ連・コミンテルンとの戦いであった!

「東西冷戦」は一九九一年のソ連の崩壊によって終結したと言われていますが、それはヨーロッパの話です。残念ながらソ連崩壊のあとも、アジアには中国共産党政府と北朝鮮という二つの共産主義国家が存在し、アジア太平洋の平和と繁栄を脅かしているのは御承知の通りです。
この中国共産党政府と北朝鮮という二つの「共産主義」国家が第二次世界大戦後、なぜ誕生したのか。その経緯を調べると、アメリカのルーズヴェルト民主党政権がソ連に協力して、アジアの共産化に手を貸した「歴史」が見えてきます。(中略)半世紀が過ぎ、多くの機密文書が公開されたことで日本を開戦に追い込み、東欧とアジアの共産化に手を貸したルーズヴェルト民主党政権の問題点が、アメリカの保守系の歴史学者の手によって次々と明らかにされてきています。端的に言えば、アジア太平洋で戦争を引き起こしたのは日本ではなく、ソ連・コミンテルンとルーズヴェルト民主党政権であったのではないかという視点が浮上してきているのです。 (はじめにより)

◆本書の内容

序 章 日米開戦はスターリンの工作だった
第一章 日米を開戦に追い込んだゾルゲ
第二章 「雪」作戦発動
第三章 オーウェン・ラティモアの暗躍
第四章 乗っ取られたホワイトハウス
第五章 ヤルタ会議を仕切ったアルジャー・ヒス
第六章 握り潰された「反ソ」報告書
第七章 ソ連の対日参戦まで日本を降伏させるな
第八章 ソ連の対米秘密工作は隠蔽されてきた

◆最新のアメリカの保守派の歴史見直しはここまで 進んでいる! !

◎アメリカ保守主義運動を牽引してきたM・スタントン・エヴァンズ
◎ロシア革命100年! 今明かされるスターリンの戦争犯罪
◎ヴェノナ文書で裏づけられる! 真珠湾攻撃というコミンテルンの仕掛! !

アメリカ保守主義運動を牽引してきたM・スタントン・エヴァンズ

ロシア革命100年! 今明かされるスターリンの戦争犯罪

見た目は人がよさそうなスターリンですが、かなりの老獪です。
ルーズベルトは、スターリンを共に闘う友人かのようにみていましたので、共産主義の本質を見誤って接していたといえます。
中国の共産主義革命の次は、日本の共産主義革命を成功させ、世界を支配することをスターリンは狙っていたからです。
それはスターリン個人の考えというよりも、共産主義者(マルクス・レーニン主義者)なら、「歴史の帰結」として当然、信じていたものです。

ロシア、イギリス、フランス、オランダ、スペイン、ドイツ、アメリカなど、西洋列強(白人)によるアジア蚕食の時代でした。当時は「アジア」とは名ばかり、日本を取り巻く、そこかしこが、西洋列強が支配する土地だったのです。18世紀後半の産業革命による近代化後、白人優位の技術とキリスト教選民思想によって、その勢いは止まることなく、未開のアジア黄色人種を植民地と化し、奴隷化することが当然の時代でした。彼らは、競ってアジアを支配し、利権を手に入れようとしていたのです。

日本を対米戦に引きずり込んだのは、ルーズベルト政権の奥深くまで浸透していたソ連のスパイたちであった。

ハリー・デクスター・ホワイト(1892年10月9日 – 1948年8月16日)

1941年11月17日に「日米間の緊張除去に関する提案」を財務長官ヘンリー・モーゲンソーに提出、モーゲンソーは翌18日にこれをフランクリン・ルーズヴェルト大統領とコーデル・ハル国務長官に提出した。これがハル・ノートの原案である「ホワイト試案」となる。
ホワイト試案では、日米開戦となることを懸念したハル国務長官は独自に「ハル試案」を作成してルーズベルトに提出。しかし、1941年11月25日にルーズベルト大統領の厳命により、「ハル試案」は破棄され、「ホワイト試案」にそっていわゆる「ハル・ノート」が日本に提示された。

「ハル・ノート」は、事実上ホワイトの日本に対する宣戦布告だった。

Franklin D. Roosevelt大統領の非常に尊敬され信頼されたアシスタントであるハリー・デクスター・ホワイトは、ヨーロッパ・スターリンの代わりに太平洋側の攻撃からソ連を守るために書面によるNKVD命令を受け入れ、日本がアメリカを攻撃するように仕向けた。

内務人民委員部は、ソビエト連邦のヨシフ・スターリン政権下で刑事警察、秘密警察、国境警察、諜報機関を統括していた国家機関。「エヌカーヴェーデー」と略称され、キリル文字ではНКВД、ラテン文字ではNKVDと表記される。英語の略称はPCIA。

「ハル・ノート」の内容は、西洋列強によるアジアの植民地化を認めさせるもので、また日本を丸裸同然の手足のない「ダルマ」にして、日本の植民地化をうながすに等しい要求だったからです。
つまり、アメリカは、日本に座して「植民地化」されるのを待つか、それとも「戦争」をするか、究極の選択を突きつけたのです。
結果、死中に活を求めて、窮鼠猫をかむような大日本帝国連合艦隊による「真珠湾奇襲攻撃」が行なわれます。
ですが、これにはさらなる重大な事実があります。
当時、アメリカ軍は日本の無線を傍受し、暗号までも解読し、連合艦隊の動きや位置、またハワイ攻撃の日時を知り、極秘にルーズベルトに報告していました。
それを握りつぶし、キンメル太平洋艦隊司令官にも、ハワイ部隊のショート司令官にも知らせず、ハワイの自国民を無防備のまま放置し、日本の奇襲にさらされるよう犠牲にしたのがルーズベルトです。
のちの「ヤルタ会談(ヤルタ密約)」においても、ルーズベルトは日ソ不可侵条約を結んでいたソ連を参戦させるために、ソ連に「北方四島」を奪うことを黙認しています。
その後、ルーズベルトは、戦争末期の4月に没します。
あとを継いだトルーマンは、ご存じのように、二度にわたる日本への「原爆投下」を許可しました。
アメリカにも言い分があることは分かります。
ですが、どちらに「人道に対する罪」が適応されるかは明白です。

戦後にソ連のスパイであったことが暴露されジギタリスの大量服用により自殺

戦後、 1948年下院非米活動委員会において、ソ連のNKGB(国家保安人民委員部、KGBの前身)の在米責任者ボリス・ブコフ大佐指揮下の秘密工作機関について知る限りを証言、その中に彼の名前があったため、共産主義者であると告発を受けた。
 スパイ容疑で下院非米活動委員会に出席した3日後、ニューハンプシャー州の自分の農場にてジギタリスの大量服用により自殺。

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