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3分でわかる!M-1グランプリ歴代優勝者!【解説つき】

M1グランプリ面白かった!ふと思ったら過去の優勝者誰だったかなと思ってまとめました。

更新日: 2018年12月02日

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M1グランプリ面白かった!ふと思ったら過去の優勝者誰だったかなと思ってまとめました。

soranokoeさん

【M1グランプリとは】

『M-1グランプリ』(エムワングランプリ)は、吉本興業が主催する漫才のコンクールである。通称「M-1」。
2001年から2010年までと2015年から、毎年12月(2010年までは下旬、2015年からは上旬)に開催されている。朝日放送(ABC)が制作し、テレビ朝日系列で放送を行っている。

■M-1グランプリ 優勝者一覧 【参加組数】

■M-1グランプリ 優勝者一覧【参加組数】
2001年度 中川家【1603】
2002年度 ますだおかだ【1756】
2003年度 フットボールアワー【1906】
2004年度 アンタッチャブル【2617】
2005年度 ブラックマヨネーズ【3378】
2006年度 チュートリアル【3922】
2007年度 サンドウィッチマン【4239】
2008年度 NON STYLE【4489】
2009年度 パンクブーブー【4629】
2010年度 笑い飯【4835】
2015年度 トレンディエンジェル【3472】
2016年度 銀シャリ【3503】
2017年度 とろサーモン【4094】

ファイナルはジャルジャル、かまいたち、カミナリ、マヂカルラブリー、ミキ、さや香、とろサーモン、和牛、ゆにばーす、敗者復活戦から勝ち上がったスーパーマラドーナの10組が出場。ネタ披露の順番が「笑神籤(えみくじ)」による抽選で直前まで決まらないシステムを採用され、出場者たちは常に舞台裏で待機。審査員たちも口をそろえて「これは厳しい」と同情する中、記念すべきトップバッターはゆにばーす、トリはジャルジャルとなった。

笑神籤(えみくじ)によって例年以上に緊張感の高まったファーストラウンドは、高得点順に和牛(653点)、ミキ(650点)、とろサーモン(645点)の3組がファイナルラウンドに駒を進めた。

とろサーモンは吉本興業東京本社(東京吉本、厳密には子会社のよしもとクリエイティブ・エージェンシー)所属のお笑いコンビ。2002年7月結成。キャッチフレーズは「おいしいとこどり定食」。

・久保田和靖(くぼた かずのぶ、1979年9月29日 - )ボケ担当。
※立ち位置は向かって右。
宮崎県宮崎市(旧:宮崎郡清武町)出身。血液型はO型。身長175cm。
宮崎日本大学高等学校卒業。眼鏡をかけた小太り。

・村田秀亮(むらた ひであき、1979年12月3日 - )ツッコミ担当。
※立ち位置は向かって左。
宮崎県宮崎市出身。血液型はAB型。身長178cm。
宮崎日本大学高等学校卒業。宮崎県生まれで8歳のときに徳島県へ。14歳のときに宮崎に戻る。
左利き。大阪NSC21期生。NSC時代に吉本興業の経営するパチンコ店にてアルバイトに精を出す。

決勝には、アキナ、カミナリ、相席スタート、銀シャリ、スリムクラブ、ハライチ、スーパーマラドーナ、さらば青春の光、敗者復活戦から勝ち上がった和牛(以上ネタ順)の9組が出場。

 4番目に登場した銀シャリは、「ドレミの歌」を動物やファッションなどのテーマで替え歌にしていくネタで470点を獲得。7人目のスーパーマラドーナの得点(469点)が出た時点で早々と1位突破を決めた。

銀シャリ(ぎんシャリ) は、吉本興業(よしもとクリエイティブ・エージェンシー)東京本社所属の漫才コンビ。2005年8月結成。

鰻 和弘(うなぎ かずひろ、 1983年8月31日 - )
大阪府八尾市出身。ボケ担当。立ち位置は向かって左。身長171cm、血液型A型。左利き。趣味は原付の旅。清友高校卒業。2015年7月24日(土用の丑の日)に婚姻した。

橋本 直(はしもと なお、 1980年9月27日 - )
兵庫県伊丹市出身。ツッコミ担当。立ち位置は向かって右。身長176cm、血液型AB型。趣味はラーメンの食べ歩き。あだ名は「くんちゃん」。関西学院中学部・高等部を経て関西学院大学経済学部卒業。

準決勝で敗退し、この日は昼から行われた敗者復活戦から参加し、20組の中から勝ち上がった2人は、ボケの斎藤司の薄毛を最大限に生かしたスピーディーなネタで、会場を爆笑に包み込み、2位でファーストラウンドを突破。

 ジャルジャル、銀シャリとの最終決戦も、薄毛ネタをベースにボケとツッコミをテンポよく詰め込み、審査員9人中6人の票を獲得して、第11代王者の栄冠を手にした

トレンディエンジェルは、よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のお笑いコンビ。コンビ2名とも若ハゲという自らの容姿を直球勝負で生かしたネタを中心に2013年オンバト+第3代チャンピオン、2014年THE MANZAI準優勝、2015年M-1グランプリ王者。略称は「トレエン」。

斎藤司(さいとう つかさ、 1979年2月15日 )ボケ担当。
神奈川県横浜市出身(生まれは東京都町田市)
血液型はAB型、身長172cm。

たかし( 1986年1月30日 ) ツッコミ担当。
東京都小平市出身。
本名・旧芸名、須藤 敬志(すどう たかし)。
血液型はB型、身長168cm。

笑い飯以外で決勝進出したのは、カナリア、ジャルジャル、銀シャリ、スリムクラブ、ナイツ、ハライチ、ピース、そして敗者復活のパンクブーブー。このうち最終決戦に進出したのは笑い飯、パンクブーブー、スリムクラブの3組。審査員の投票結果は、笑い飯5票、スリムクラブ2票、パンクブーブー0票となり、笑い飯の優勝となった。

笑い飯(わらいめし WARAIMESHI )は、日本の漫才コンビ。西田幸治と哲夫の2人からなる。所属事務所はよしもとクリエイティブ・エージェンシー(大阪吉本)。

西田幸治(にしだ こうじ、1974年5月28日 - 、奈良県奈良市生まれ)ボケ・ツッコミ担当

哲夫(てつお、本名:中西 哲夫、1974年12月25日 - 、奈良県桜井市生まれ)ボケ・ツッコミ担当

笑い飯、島田紳助、パンクブーブー、NON STYLEの3組で争われた最終決戦に限っては、大会委員長の島田紳助に「楽な審査」と言わしめ、審査員全票を獲得する完全勝利。史上最多のエントリーとなった4629組を制し、9代目M-1王者の称号と賞金1000万円をつかんだ。

パンクブーブー(PUNK BOOBOO)は日本のお笑いコンビ。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。

佐藤 哲夫(さとう てつお、 1976年4月3日)

黒瀬 純[編集](くろせ じゅん、 1975年5月8日)

最多出場の笑い飯をはじめ、ダイアン、キングコングらNON STYLEと同期の2組がこぞって姿を消すと、オードリー、NON STYLE、ナイツらいずれも初の決勝進出組が最終決戦へと駒を進めた。1位通過のオードリーがトリ、3位通過のナイツがトップバッターで最終決戦を戦い、最後の審査員投票ではオードリーが2票、NON STYLEが5票を獲得して優勝を決めた。

NON STYLE(ノン・スタイル)は、石田明と井上裕介による日本のお笑いコンビである。吉本興業(よしもとクリエイティブ・エージェンシー)東京本社所属。2000年5月14日に結成。出囃子はKEMURIの『prayer』。

石田 明(いしだ あきら、1980年2月20日 - )
ボケ・ネタ作り担当。既婚。身長173cm、大阪府立東淀川高等学校卒。
立ち位置は向かって左。血液型はB型。大阪府大阪市出身。全身白の衣装を着用することが多い。ツッコミの井上がナルシストになりきる場面ではツッコミ役になる。

井上裕介(いのうえ ゆうすけ、1980年3月1日 - )
ツッコミ担当。未婚。身長163cm[注 1](公称165cm)、神戸学院大学経済学部卒。
立ち位置は向かって右。血液型はA型。大阪府大阪市出身。ジャケットの下にタンクトップの衣装を着用することが多い。ナルシストになりきる場面ではボケ役になる。

2007年大会決勝には、キングコング、トータルテンボス、笑い飯、POISON GIRL BAND、千鳥、ダイアン、ハリセンボン、ザブングルが出場。サンドは「街頭アンケート」ネタと「ピザのデリバリー」ネタの2本を披露し、大会史上初となる敗者復活組からの優勝を果たした。

サンドウィッチマンは、日本のお笑いコンビ、漫才師。1998年9月に結成。グレープカンパニー所属。愛称は「サンド」。

伊達みきお(だてみきお、本名: 伊達 幹生、1974年9月5日 - A型)
立ち位置は左側。
宮城県泉市(現・仙台市泉区)出身。宮城県石巻市および大阪府吹田市でも幼少期を過ごした。サラリーマン時代に福島県郡山市に3年間住んだ。
ツッコミ担当(ネタによっては即興的なボケに回ることも)。

富澤たけし(とみざわたけし、本名: 富澤 岳史、1974年4月30日 - AB型)
立ち位置は右側。
1974年(昭和49年)東京都生まれ、半年後には愛知県名古屋市に移住、さらに1980年(昭和55年)に新潟県新潟市に移住したのち、1984年(昭和59年)から宮城県泉市(1988年より仙台市)にて過ごした(いずれも父の転勤による)。
極度の人見知り。
ボケ担当(ネタによってはツッコミに回ることも)。ネタ作成者。

イケメン徳井義実(31)は顔をこわばらせ、癒やし系丸顔の福田充徳(31)は、トレードマークにもなった額いっぱいの汗。「明らかに1位慣れしてへんな…と」と、照れた徳井の表情は、昨年5位の雪辱を果たした充実感に満ちていた。フットボールアワーと麒麟という優勝候補が残った最終決戦を満票で制した。

チュートリアル(TUTORIAL)は、徳井義実と福田充徳による日本のお笑いコンビ。よしもとクリエイティブ・エージェンシーに所属。

徳井義実(とくい よしみ、1975年4月16日 - )
ボケ担当。立ち位置は向かって左。
京都市左京区出身。
身長178cm、体重65kg、血液型A型。

福田充徳(ふくだ みつのり、1975年8月11日 - )
ツッコミ担当。立ち位置は向かって右。
京都市左京区出身。
身長174cm、体重56kg。血液型O型。愛称は「福ちゃん」。
両親は公務員。兄がいる。大阪学院大学経済学部卒業。
NSC卒業生でない吉本興業所属芸人の中で、M-1グランプリで優勝したのは福田が初めてである。

最終決戦ブラックマヨネーズは3番手を選び、「喧嘩の強い男を目指そう」というネタを披露。7人中4票(3票は笑い飯)を獲得して優勝を果たした。彼らの登場以後、4分間をいかに上手く使うかがM-1で勝つための重要ポイントになったとされる。

ブラックマヨネーズ は、小杉竜一と吉田敬による日本のお笑いコンビである。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。1998年結成。

吉田敬(よしだ たかし、1973年6月27日 - )ボケ担当
立ち位置は向かって右。

小杉竜一(こすぎ りゅういち、1973年7月5日 - )ツッコミ担当
立ち位置は向かって左。

2004年の王者は、M-1史上歴代唯一の快挙である、“審査員全員からの単独1位評価”を達成した「アンタッチャブル」(プロダクション人力舎)。2005年は、初出場の「ブラックマヨネーズ」(吉本興業)が、2006年は「チュートリアル」(吉本興業)、2007年「サンドウィッチマン」(フラットファイヴ)、2008年、「NON STYLE」(よしもとクリエイティブ・エージェンシー東京)、2009年「パングブーブー」(よしもとクリエイティブ・エージェンシー東京)と続き、2010年は9回目の出場となる「笑い飯」が悲願の王者を達成しました。

アンタッチャブルは日本のお笑いコンビである。略称「アンタ」。所属事務所はプロダクション人力舎。爆笑オンエアバトル第6代チャンピオン、2004年M-1グランプリ王者。

山崎弘也(やまざき ひろなり)
ボケ担当。埼玉県春日部市出身。1976年1月14日生。

柴田英嗣(しばた ひでつぐ)
ツッコミ担当。静岡県静岡市清水区出身。1975年7月15日生。

3年連続で決勝進出を果たす。キャッチフレーズは「悲願」。
大本命のプレッシャーの中、「結婚記者会見」ネタを披露。
5人の審査員から90点以上の得点及び4人の審査員から今大会最高得点をつけられ、663点を獲得。
暫定1位となりこの時点で最終決戦進出が決定した。
最終決戦では3番手で「SMタクシー」というネタを披露。この時、後藤はオチ直前のセリフで噛んでしまうという失態をしてしまう。
結果は7票中4票を獲得し、悲願の優勝を果たした。

岩尾 望(いわお のぞむ、1975年12月19日
ボケ担当で立ち位置左。大阪府大阪市東住吉区出身。
主な愛称は「岩尾君」、「のんちゃん」。
非喫煙者であり嫌煙家でもある。
次長課長の河本準一、NONSTYLEの井上裕介とともに「CONTS」というユニットで活動している。

後藤 輝基(ごとう てるもと、1974年6月18日
ツッコミ担当で立ち位置右。大阪府大阪市東淀川区出身。
主な愛称は「後藤君」、「後藤ちゃん」、「ペロちゃん」。
現役喫煙者である。しかし、現在は大幅に本数を減らしている。

増田 英彦(ますだ ひでひこ 1970年2月9日 - )大阪府守口市出身。血液型O型。
ボケ、ネタ作り担当。立ち位置は向かって右。

「増田政夫」名義で歌手デビューも果たしている。
元々歌唱力の高さには定評があり、2007年2月27日放送の第7回お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャルではその実力を存分に発揮し優勝を果たしている(ただし、「ますだおかだ」としてコンビでの優勝となっている)。

岡田 圭右(おかだ けいすけ 1968年11月17日 - )大阪府大阪市中央区(旧東区)松屋町出身。血液型O型。
ツッコミ担当。立ち位置は向かって左。
2008年から2011年まで「クイズ!ヘキサゴンII」の常連出演者で集められたヘキサゴンファミリーの一員[1]としても活動し、番組内から誕生した「AIR BAND」「(品川祐と)スベラーズ」「矢口真里とストローハット」などの複数のユニットのメンバーとして歌手活動も行っていた。ただし、相方の増田と比べると歌唱力は普通程度である。

通常は「中川家 剛」、「中川家 礼二」とコンビ名・名前の組み合わせで表記される。両者とも芸名と本名は同じ。

剛(つよし、中川 剛、1970年12月4日 - )
ボケ(最近ではツッコミが多い)、ネタ作り(漫才、ものまね)担当。立ち位置は向かって左。通称「お兄ちゃん」。

礼二(れいじ、中川 礼二、1972年1月19日 - )
ツッコミ(最近ではボケが多い)、ネタ作り(コント、ものまねやアドリブ系)担当。立ち位置は向かって右。通称「礼二」。

第1回M-1グランプリでは大本命というプレッシャーの中、初代チャンピオンとなった。結成10年目であったため、第1回ながら最初で最後のチャンスでもあった。その前後に本格東京進出。後の若手お笑い芸人ブーム到来よりも数年前に麒麟・品川庄司・次長課長・ペナルティ・おぎやはぎらと共に大ブレイクした。

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