今年、まさかの復活!音楽界「伝説のおっちゃん」たちが激アツ

いまなお、精力的に活動を続けるアラフィフのバンドマンたち。そのウラには、波乱万丈な過去がありました。

更新日: 2017年12月29日

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ライブやネットを通じて、良い音楽を日々探しています。

1通のメールで復活した伝説のバンド

ファンも急増。超多忙な日々を送っていた。

そんな矢先…

「JAM」をヒットに導いたスタッフ、中原繁氏が夭逝。

「これは代表曲になる」と断言し、発売とヒットのために尽力したのが中原氏だった

これがバンドの大きな転機に。

キャリア史上最大級のツアー、一層加速していくリリースペースは、精神的にも肉体的にも彼らに大きな負担となって押し寄せた

「期待を裏切ってしまったことを許してください」

解散を発表した際のファンクラブへの手紙に書かれていた言葉。

2017年12月には、ラストライブを行った東京ドームにて再び公演を実施。

「私たち、普通の野良犬に戻ります。我がイエロー・モンキーは永久に不滅です」

活動休止前のラストライブで宣言された言葉。

吉井和哉は「THE YELLOW MONKEYはもう一生解散しません」とこの先もバンドを続けていくことを誓っていた

こうしてイエモンは「不滅」のバンドに。

病から這い上がったアツすぎる男たち

97年「今宵の月のように」が大ヒット。有名アーティストの仲間入りを果たしたが…

2006年には冨永が慢性硬膜下血腫を発症、2012年には宮本が急性感音難聴を発症し約1年ライブ活動を休止する

しかし、そこから這い上がったのがエレカシの強み。

ライブでは「エブリバディー!」と何度も呼びかけたり、髪をかき乱して汗だくの宮本が自分のシャツを破いたり、高緑のベースを奪い取ったり……

「4人が健康な状態でツアーを回れていることが信じられないような気持ちですね。本当に総合的にうれしいです(笑)」

闘病を経験したからこそ、エレカシのライブにかける思いは強い。

突然の復活をとげたポップスター

それまでNYに移住、海外を転々としていた。

そんな当時をオザケンは…

「僕はインプットが好きな人間なので。大学でもインプットが好きで勉強していて。それがたまたまアウトプットしたらわっとウケて、今考えたらとてもありがたいことなんですけど……アウトプットが続かなくて」

と振り返る。

オザケンの音楽性に影響を受けたアーティストたちの存在が刺激になった。

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