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この記事は私がまとめました

これは仮説ですが、しかしいろんな人が言っている話です。

tattyannnさん

バザーリアに、「病気でなく、人生の危機を克服する」という言葉があります

もちろんこう書いたからと言って、医者に行くのはいやだとか言わないで

いまは非常に良い薬が開発され、多剤大量処方には注意して、正しく服用していれば、不安定だったひとも安定して暮らせます

病気じゃなかったら医者にはかからない
と思われると困る
安定させる薬はいいものがあるらしい
しかし差別の問題があるから
あえて考えたい

心は柔軟なもので外界に応じて膨らんだり縮んだりする
花粉に対して鼻水が出るように
外界ストレスに対して心が幻影、幻像をうつすことだってある

たとえばセルバンテスの小説
ドン・キホーテを思い出すといい

器質要因、遺伝要因のひともゼロではないだろうが数は少ない
社会的要因が大きいということだ

少数意見のひとやグループで溶け込めない人が
悪口を言われているような幻聴を起こす
これは幻聴そのものより
彼が心の余裕をなくしたその状況を
見るべきだ
たとえば妄想でも
誰かに狙われているという訴えの特異さより
そのように追い詰められている
彼女の心の状況を見るべきなのだ

たしかに今日において、統合失調症の人が、
誤解や妄想から、事件を起こすことがたまにある・・・

しかし彼らのその激情は、病気自体というより、むしろ
彼らの伝わりにくい心情、
伝えようとして伝わらなかったメッセージを
社会の側が強引に抑圧しようとする態度への
強烈な反発の結果と考えられなくもない

たとえば詩的な素養のある
精神科医 イギリスのレインは、
彼らの複雑な言葉の中に、
やはり筋の通った意味が、隠されているという
深い読みをしています

仏陀、イエスキリスト、天理教開祖の幻聴とは?

特異な例ではあるが 妄想を相対化するのにはいい
彼らが現代日本にいたら、間違いなく
統合失調症と診断されたでしょう 
天理教の開祖の女性もおなじ
意識は社会とつながっているので
意識のレベルでは抑えている心の中のものが
外まで出てくることがある
芸術家なら作品で表現するものです
結局妄想といわれるものに説得力と道義性があって
周りの人も共有できるものだった場合
それは妄想でなく共同幻想になり
宗教になることもある

統合失調症は、なにかしら善良さと関係がある

40年精神科医をしていたあるひとが、
「結局患者さんたちは、非常にやさしいいいひとたちだ」と言っています
彼らは社会の、世間的なあいまいな何かと 闘っている気がする
世間と彼らと どっちが正しいか わからなくなる

とにかく彼らが
その弱い立場のゆえに
利用されないように 守ってあげなければならない

だからこそ、14万人も
病院に収監している日本は、
すこしづつでも、イタリアのような、
精神病院でなく町で彼らを受け入れるような
そんな体制を長い目で見れば望むべきだと思う
しかし無理もいけない
日本は受け入れ態勢が整っておらず 医療スタッフの不足もある
まだ病院にいられるほうが幸福という考え方もある
今病院はそれほどひどい場所ではない
よく現状を見てさらにいい環境を作るように
努力する

下記パート2に続く

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