エリザベートは不眠症、食欲不振、対人恐怖症、肺炎などを患うようになり、半年ほど、大西洋に浮かぶポルトガル領マデイラ島に療養に発たねばならなくなった。宮廷から離れると驚くほど回復したものの、戻るとすぐに悪化してしまったため、今度はイオニア海に浮かぶコルフ島で長期療養した。こうして一年後にウィーンに戻ると、子供たちはすっかりゾフィー色に染まっていた。子供を奪われたように感じたエリザベートは、虚脱感を埋めるように引き続きさすらいの旅を続ける。結果、宮廷生活への興味をすっかり失い、皇妃、母、妻としての責務を放棄するようになっていった。

出典ハプスブルグ家 憂いの美女皇妃エリザベート [Habsburg] - Onlineジャーニー

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美貌の皇妃 エリザベート

ハプスブルク家の支配が終わりを迎えつつあった19世紀末期、一人の伝説的美貌を持った女性がいた。その名前は、エリザベート。今もなお、慕われる彼女の人生をまとめた。

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