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この記事は私がまとめました

よく聞かれるのが首が京都から関東までとんできたことです。。。

TER8さん

平安時代中期の武将。鎮守府将軍良将の子。上京して藤原忠平に仕えたが,官途を得ず下総に帰った。前常陸大掾源護と争い,これに味方した叔父国香を殺し,国香の子貞盛に攻められたが,これを打ち破った。のち常陸国府を焼打ちし,下野,上野の国府を攻略して,新皇と号し,下総に王城を営み,文武百官を任命した。朝廷では,征東大将軍藤原忠文に討伐させたが,その軍の到着以前に,下野押領使藤原秀郷の助けを得た貞盛に殺された。死後,その霊は神田明神の将門社 (東京都千代田区) に祀られた。

平将門の乱 935年~940年

平将門、崇徳天皇、菅原道真という非業の死を遂げた歴史上の3人を日本三大怨霊とのこと

日本三大怨霊のお一人 平将門さまへお参りに♪ 神田明神は華やかで大好きな神社です 先月は太宰府天満宮で菅原道真さまに、来週は白峯神社で崇徳天皇をお参りし、三大怨霊参拝コンプリートです! #神田明神 #神社 #赤 #平将門twitter.com/i/web/status/9…

秀郷は征討軍の東下を待たず、平貞盛(将門のいとこ)と手を組んで将門を急襲。
将門も応戦しましたが、風向きが変わったために流れ矢に当たり、命を落としたといわれています。残された将門軍の人々も討ち果たされました。

「祟り」の話は、その後の伝説によるものです。

将門の首は京都で晒されました。
が、ある日突然飛び上がり、関東まで自力で帰ってきた……といわれています。

将門の首は京都に運ばれて七条河原に晒されたが、何ヶ月経っても眼を見開き、歯ぎしりしているかのようだった。

ある時、歌人の藤六左近がそれを見て一首詠むと、将門の首は笑いだし、突然地面が轟き、稲妻が鳴り始めた。そして、首が「躯(からだ)つけて一戦(いく)させん。俺の胴はどこだ」と言い、その声は毎夜響いたという。

その後、ある夜に首が白光を放ち、胴体を求めて東方へ飛んでいったと伝えられている。

大垣市は荒尾町の御首神社、乱を起こして討たれた平将門の首が空を飛んで関東に帰ろうとした時、矢で射落とされたのを祀ったのが起源なんだよ。合格祈願とかに御利益があるんだって。

バレンタインって言うことは、平将門の命日じゃん。ド平日じゃ、国王神社も神田明神も行けぬ…。

節分、立春からの今週の7日は、お稲荷さまの初午。。。そして14日は、明神さまの御祭神である平将門公の命日なり。法事は浅草・日輪寺にて執り行われる。 pic.twitter.com/1BZMn4utPF

こ、これはAIで仕事を奪われる方が訪れる予感・・・

現代では、胴体を求めて飛んできた伝説から「無事にカエル」という意味を込め、官庁職員たちが「海外赴任をするときに無事にカエル」「地方に転勤になっても栄転して東京にカエル」「左遷を受けても元の職場にカエル」など縁起担ぎのパワースポットと呼ばれるようになっているそうだ。

 参拝をしていた人たちに聞くと、皆口々に、「パワーが強く、不敬なことを嫌う将門様なので、軽い気持ちでのお参りは絶対に進めません」とのこと。ご注意を。

そして、いつの頃からか「将門の首塚に蛙の像をお供えすると、仕事などで遠くへ行くことになっても、無事に帰ってくることができる」というジンクスができました。
これは現在も続いていて、主に海外出張に行く人が蛙の像をお供えしていくのだとか。

前述の通り、戦後のGHQが「この辺りを駐車場にしようとしたら、ブルドーザーごとひっくり返って運転手(※日本人)が亡くなった」なんて事件がありましたが、最近では「爆笑問題の太田光さんが首塚に蹴りを入れたら、仕事で干された」という冗談話で済んでいるようです

古代の刀剣は突き刺すことを目的だが、反りを持った日本刀の原型を作ったのは平将門なんだとか。

平将門にゆかりのある7つの神社、鳥越神社、兜神社、将門首塚、神田明神、筑土八幡神社、水稲荷神社、鎧神社を線で結ぶと北斗七星の形になるのですが、これにはとある理由があります。

彼は京都にいたころから妙見菩薩を信仰しており、関東を平定した際の神懸かった戦ぶりも妙見菩薩の加護があったからであると噂されていました。 この妙見菩薩こそが、北斗七星を具現化した菩薩なのです。

彼が死んだあともこの話は根強く信じられており、後に徳川家康が江戸の街を作った時に、その側近だった天台宗の高僧天海が将門の怨霊が災いをなさないよう、7つの神社を北斗七星の配置にして結界とし、その御霊を鎮めたと言われています。

平将門の名言「人の世界に生き残ってる人々よ ほかの人のために慈悲を施し 悪行を消すための善行を積むようにせよ」

格好が似ている・・・センスが上を向いてるな家康殿は。

265年続く江戸時代の礎を築いた人物

徳川家康の名言「堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思え。」「己を責めて、人を責むるな」「世におそろしいのは、勇者ではなく、臆病者だ」

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