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この記事は私がまとめました

TOKIOだったら、3年以上、農薬や化学肥料を使っていない農地のオーガニックコットンを染めて50年以上前の旧式シャトル織機で芸術品のような生地作りからはじめるのかも。

colocolo093さん

▼ 幅広い世代に親しまれているファッションアイテム

当初は作業着として使われていましたが、時代を経るに従ってファッションの一部として愛用されるように。

世界的なデザイナーのイヴ・サンローランが「ジーンズを私が世の中にだすことができなかったことが残念でならない。」と発言したことで知られるように、すでに私たちの生活とは切っても切れない関係にあります。

それはそうとデニムとジーンズってどういう違いがあるんですか、

違いを簡単にまとめると、「デニム」は綿糸で織った生地の名前。「ジーンズ」はデニム生地で作ったズボン。また、「ジーパン」はジーンズを指す和製英語。

▼ さて、日本に初めてデニムがやってきたのは…

日本に初めてデニムがやってきたのは1923年に起きた関東大震災のとき。海外から送られた支援物資の中にジーンズがあり、当時は香港ズボンと呼ばれていました。

本格的な関わりは終戦後。アメリカから輸送されてくるGI用の物資を破損させないためのクッション材として詰め込まれていたジーンズ(履き古したもの)が闇市に出回ったのがはじまり。

関東大震災の救援物資の中にはジーンズがあり、それが日本に初めて入ってきたジーンズだっていう話は都市伝説だと思っていたけど本当らしいぞ。(画像は現存する世界最古の1879年製のリーバイス)#デニムの日 pic.twitter.com/FOuBJvDZ1C

10月26日は、デニムの日。デニム製品の素晴らしさを多くの人に知ってもらうため、「デ(10=Ten)ニ(2)ム(6)」の語呂合わせで岡山デニム協同組合が制定。

▼ なんと、世界初のワンオッシュは日本生まれ

規制緩和により本格的にジーンズの輸入が始まったのは1960年。国内では岡山を筆頭に、日本メーカーが自ら生産するようになります。ここから、日本製デニムの歴史が始まりました。

「CANTON(キャントン)」というブランド名で日本初の国産ジーンズが発売された。

1965年4月、ビッグジョンの前身である「マルオ被服」が作った。

当時の日本人には肌さわりが悪くゴワつくジーンズは受けいられなかったため、マルオ被服 は「ワンオッシュ」という現在のジーンズ生産に重要となる技術を世界で初めて採用し、現在の日本製ジーンズだけでなく世界のジーンズ技術の礎となった。

1965年10月に販売。

「CANTON」は、ブランド名を「CANTON OVERALLS」と改め2008年に復活した。

▼ところで、 日本ではじめてジーンズをはいた人は?

英国仕込みの紳士道をプリンシプルと呼び、日本で初めてジーンズを履き、近年「日本一カッコいい男」と呼ばれ、注目を浴びている真のリベラリスト白洲次郎。

日本の官僚、実業家として活躍した彼は、「マッカーサーを唯一叱った日本人」としても有名ですね。

マッカーサーで画像検索したらいらすとや出て来て草 pic.twitter.com/XP9mnwhXGa

ちなみに、マッカーサーは究極のマザコンだったとか。

白洲次郎さんの何が格好いいって、ケンブリッジ大へ留学した後政治に関わり、マッカーサーに「従順ならざる唯一の日本人」と称されGHQのホックニーが「英語がお上手ですね」って褒めたら「貴方ももう少し練習したら英語が上手くなりますよ」だなんて、英国仕込みのジョークを涼しい顔で返すとこだよ

その徹底した言動から当時GHQに「従順ならざる唯一の日本人」と言わしめた白洲次郎ですが、いつのときも、その場(目的)に合った、その時の自分に合った服装を選んだと言われています。

徹底した本物志向の持ち主で、いつでもとんでもなく洒落た恰好をしていた。

吉田茂とともにサンフランシスコ講和会議に向かう飛行機の中でも、周りの日本人が皆きちんとしたスーツを着用していた中で、白洲次郎はジーンズとTシャツで過ごすなど、戦後の激動の中で、とことんマイウェイを突き進んでいた珍しい日本人でした。

そして、タラップを降りる前にスーツに着替えていた。

日本には、まだまだ知らないぶっ飛んだ人がいるわ! 白洲次郎「僕は手のつけられない不良だったから、島流しにされたんだ」(ケンブリッジ大学に留学した理由を問われて) pic.twitter.com/8HtLLe3HUc

親や教師を困らせた悪ガキであったが、17歳で島流しとなった9年間で大変身。英国紳士からプリンシプル(行動規範)を学び、乱暴者が生まれ変わって帰国した。

怒涛の白洲次郎ラッシュww 因みに日本人で初めてジーンズを履いた人でもあるらしい!池上彰が言ってた! 所ジョージも顔負け!! pic.twitter.com/sagz6DvmxV

49歳の頃。Levi's 501XXをはいていたといわれるが、この写真では、Lee 101。

白洲次郎みたいな人になるにはまず学生時代にケンブリッジ大に留学しつつ実家から3000万の仕送りを受けるのか・・・世界が違いすぎる!w

現在の価値に換算すると年間4000万ともいわれている。究極の放蕩息子だったらしい。大金を惜し気もなく使い、ベントレーやブガッティをサーキットに持ち込み、休日はレース三昧。ただ、この時期に外国の文化にどっぷり浸かったことが白洲次郎の武器となった。

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