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日本にある入ったら二度と帰っては来れない禁足地「八幡の藪知らず」とは

あなたは「八幡の藪知らず」という日本にある「禁足地と呼ばれる決して踏み入れてはいけない場所があるのをご存知でしょうか?本稿ではそれについてまとめてみました。

更新日: 2018年02月09日

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この記事は私がまとめました

youtuberの誰かが入ったまま帰ってきてなさそう

deardanceさん

東京から30分で行ける神隠しの場

千葉県市川市八幡にある森の通称。古くから「禁足地」(入ってはならない場所)とされている。

航空写真に見る八幡の藪知らず。写真・オレンジ色で囲まれた部分。左の緑の円はJR本八幡駅。

市川市が設けた解説板には「不知八幡森(しらずやわたのもり)」と記されており、ほかに「不知森(しらずもり)」「不知藪(しらずやぶ)」とも称される。現在は不知森神社(しらずもりじんじゃ)の一角のみ立ち入りができる。

そういえばこのあいだ八幡の藪知らずの前を通りましたが、記憶より範囲がせまい。それでいて昼間にも関わらず奥が全く見えないっていうのが相変わらず気味が悪い。駅も近いし市役所の真ん前で国道に面してるにも関わらずだ

八幡の藪知らず…来た瞬間、頭痛や寒気を感じたよ…:(´◦ω◦`): pic.twitter.com/YMJMtGJBXk

そんな八幡の藪知らずだが、一体何故「禁足地」となったのか?
それには諸説挙げられる。

日本武尊(やまとたけるのみこと)の陣屋説

日本武尊(ヤマトタケル)は伝説上の英雄である。
陣屋とは、役所のことを指す。
ヤマトタケルを祀る神社が多いことから
この森を神聖視し、禁足地としている

平将門の墓所説

平安時代中期の関東の豪族。斬首した首が飛来した伝説を持つ

これらの偉人に関する説は、いずれも該当する人物の祟りなどのために立入禁止になったといわれている。ただし、墓所・陣屋跡の比定地には異説も多い

毒ガス説

藪の中央部の窪地から毒ガスが出でいるという説
中央部が窪んでいることにも関連しているが、科学的な根拠に乏しい。事実であるなら、藪の周辺すら人が通ることは危険なはずである。

雛見沢村かな?

葛飾八幡宮の跡地説

至近にある葛飾八幡宮の旧地とする説。また、この地には死んだ動物を供養するための八幡宮の池があり、周囲の人々から「むやみに池に入ってはいけない」と言われていたものが、この行事が廃れたために「入ってはならない」という話だけ今に残ったのではないか、という仮説がある。

放上池説

まともな理由のひとつには、放生池の説がある。八幡宮の行事に「生きた魚を放す」放生会(ほうじょうえ)というものがあり、その聖地ゆえというもの。藪知らずの森の中央が凹んでいることから、その説が有力と言われている。毒ガス説にもあった窪地という点でも共通している。

入った人物はいるの?

二度と出られないというが、過去に帰還した偉人がいる。万治年間(1658~1661年ごろ)に水戸黄門が興味本位でひとり藪に入ったという。昔ばなしによれば、変な姿をした妖怪たちが黄門様の周りを取り巻き、振り返ると入ってきた道は消えてしまった。

白髪の老人の姿をした神が現れ、禁足地とした理由は平将門と関係があると語り、その怒りに触れた。しかし身分の高い人物ということで黄門様は特別待遇を受け、無事に戻ることができたという。

「ここに無闇に入ってはならない、今回は特別にそなたの徳の高さに免じて返してやるが、ゆめゆめ今後この地に入ったら生きて帰れると思うな」

流石?水戸黄門ですね
またネット上ではもう一つの事例がありました。
真偽不明ですね

【目撃事実】37,8年前の話なのですが、目撃しました。子供がドッチボールのようなものを葛飾八幡宮の「八幡藪不知」に入れてしまい、その救出作戦。作業をしたのは市役所のユニフォ-ムを着た人が数人。警察官と神職の方も立ち会っていました。警察官は野次馬の整理でしたが、、、(当時今歩道に残っている木が「藪不知」の一番手前で歩道も狭かった)市役所の人は、石の柵から身を乗り出すようにして長い捕虫網や竹竿を使って「藪不知」に入らないようにして(入りそうになると神職から注意が出ていました)回収作戦を行っていました。

なんか生々しいというか現実的ですね

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