1. まとめトップ

「ここには世界の半分がある」と称される都市・イランの世界遺産『エスファハーンのイマーム広場』紹介

イランの世界文化遺産「エスファハーンのイマーム広場」を紹介します。旅行・観光の参考に

更新日: 2018年02月24日

0 お気に入り 3972 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

name_to_nameさん

基本情報

エスファハーンは、イラン中部・イラン高原を潤すザーヤンデ川の中流にあり、イランで最も美しい都市と称される場所です。

1612年に造ったイマーム広場(旧・王の広場、510m×160m)の周囲には、青を基調とした精密なアラベスク模様のタイルで覆われた壮麗なマスジッド・シャー・モスクや、アリ・カプ宮殿、シェイク・ロトフォッラー・モスクなど多数の歴史的建造物が立ち並び、「イスファハンには世界の半分がある」といわれるほどの権勢を誇った。

王都エスファハーン

16~18世紀前半にかけて現在のイランを中心にこの地を支配したイスラム王朝(サファビー朝)のアッバース1世が、1598年にイスファハンを首都と定めた。

アッバース1世は、コーランに記された楽園を手本に、壮大な都市を建設し、その結果、エスファハーンは、「イランの真珠」と称されるほど美しい都市に発展していきました。

当時、イスラム教を国教としていたサファヴィー朝でしたが、絹を手に入れるために訪れるキリスト教徒を歓迎していました。

そのため、エスファハーンの繁栄は、遠くヨーロッパまで知られることとなり、その繁栄ぶりに「エスファハーンを見ることは世界の半分を見ることだ」といわれるほどだったといいます。

イマーム広場

東洋と西洋をつなぐ交易拠点としての巨大な経済力を背景に、当時の世界でパリと並び称される大都市となった街の中心が、イマーム広場だった。

時の国王アッバース1世は、都の中心にイマーム広場を置き、周囲に宮殿、モスク、バザールを配した。

イマーム広場は、政治・経済・宗教の中心となるべく作られた。

南北510m、東西160mの巨大な広場は、周囲を2層のアーケードに囲まれており、マスジェデ・イマームやアリー・カプー宮殿などがあります。

また広場では、ペルシア起源のポロの競技や式典なども行われ、政治、社会、文化が密接に結び付く場所として重要な役割を果たしていました。

イマームとは、「シーア派の指導者」という意味で、1979年のイラン・イスラム革命後から「イマーム広場」と呼ばれるようになりました。

シェイフ・ロトフォッラー・モスク

イマーム広場東側にあるマスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラーは、アッバース1世の個人礼拝所として1601年に着工し、17年の歳月をかけ1618年に完成しました。

そのため他のマスジェデ(モスク)とは違い、中庭やミナレットがありません。

1 2