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【閲覧注意!!】古代~近世の実験には、目を覆う程やばいものが多い!?

実験と言えば、化学的なものが最近は多いようですが、昔は人権が軽視されていて、やばい実験も結構あったようで、それをまとめて言おうと思います。勿論こういった実験の一つが、今後の発展にもつながっている側面もあるようですね。

更新日: 2018年03月12日

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この記事は私がまとめました

1・ギロチンで首をはねた後生きているかの実験

首をはねた瞬間死ぬと思います。

ラボアジエがギロチンにかけられる以前、まず彼の使用人がギロチン刑に処された。ラボアジエはその場に居て、斬首後、すぐにその首を拾い上げ、”もし意識があるなら、瞬きをせよ”と問うた。すると使用人は数度に渡って瞬きをしたという。そして1794年、今度はラボアジエ自身が断頭台に立たされることになった。処刑の直前、彼は弟子に”もし斬首後も意識があったならば、私は可能な限り瞬きをし続ける”と告げた。そして約束通り、斬首後、彼は15秒間から20秒間に渡って瞬きをし続けたのである。

事実なら、身の毛もよだつ話です。

1880年に、ダッシ・ド・リニエという名の医師が、首を切断された人間の頭部に再び血液を送り込むと意識を取り戻し、言葉を発しさせするという実験結果を公表しました。

体験談がないので、余計恐怖の実験です。

1803年には、ドイツのヴェント医師が死刑囚を使い同様の実験を行った。彼が斬首された死刑囚の目の前に指を突き出すと、死刑囚は反射的に瞼を閉じて身を守ろうとしたという。他にも、フランス革命時の1794年にギロチンで処刑された化学者のアントワーヌ・ラヴォアジエが、斬首後に数回瞬きを繰り返したとも言われている。

生首を持つ事自体が、恐ろしい実験だと思いませんか?

2・死体もしくは生きた死刑囚で、日本刀でどれ位切れるのかの実験

現在は、勿論人体は使いません。

江戸時代以前には人体が試し斬りの対象として用いられた。戦国時代のルイス・フロイスの報告書においても、ヨーロッパにおいては動物を使って試し斬りを行うが、日本人はそういうやり方を信用せず、必ず人体を用いて試し斬りを行っているという記述がある。

一度に何度の胴を切り落とせたかを実験するのです。おお怖い。

重ねて斬った人数によって、以下のような名称があります。
一つ胴 前述のように一人を土壇に横向きに寝かせて斬るものです。 二つ胴 同じ形で横にもう一人互い違いに寝かせて同時に二人斬ります。 三つ胴 二つ胴の上に横向きにもう一人乗せ、動かないよう縛って三人同時に斬ります。

沢山斬れる刀を確認する実験があります。処刑にも色々なものがあります。そんな中で、日本刀の切れ味を確認する実験だそうです。

江戸時代では、死刑囚の死体を利用して刀剣の試し斬り役を行う者までも現れたという。人斬り浅右衛門と名指しされた山田浅右衛門、山野勘十郎らが有名である。死体を斬った後、胴体が一人分なら「一つ胴」、二人分重なって斬れたら「二つ胴」、三人分重なって斬れたら「三つ胴」などと認定していた。現在の感覚からするとぞっとしてしまう。また、体の部分によって、骨が多いとか、太いとか、硬いといった違いがあり、どの部位を斬ったのかも重要だったそうだ。

パンフレットに(4つ胴)とあれば、生きた人間が4人まとめて殺されていたことに!?

3・首実検

刎ねた将兵を、確認します。これで本人と確認できれば、恩賞ががっぽりもらえます。

首実検とは、敵将、ある程度知名度がある将や、由緒ある身分の高い者、討ち取らなければならなかった人物を確認する為のものでもある。

将によっては、憎い敵将を大勢の前で侮蔑する為に行っていたり、または死んだ敵将に対して礼儀や賞賛を示すものでもあり、いろいろな意味合いで、いわば儀式としてのニュアンスで行われていた。

様々なパフォーマンスが行われるのも、首実検です。

厳島の戦いで陶晴賢を破って、彼を首実検しますが、この時に「主君を裏切った不忠者!!」と罵って鞭などでたたいています。

首実検では、戦とは全然関係ない首を持ってきて「ほら、いっぱい武功をたてましたよ」

と言うようなチョンボが出来ないように、第三者を交えて厳密にチェックします。

実際にこれをやれば、処刑されます。

討ち取った敵将の首は、首実検の前にきれいに整えます。

敵と言えども 死後は丁寧に弔うのが武士の作法。



泥や血のついた首は、水で流して汚れを取ります。

さらに髪型をキチンとセットし、お化粧をして、見た目をきれいにしてあげました。

ハイグレードな武将には、お歯黒のサービスまで付きます。



首の切り口からは血がダラダラ垂れて来るので、米の粉をまぶして止血しました。

とはいえ、グロいのは当時でも変わりがなかったようで、毛利元就の甥は首実検で体調を崩して、夭折します。やっぱ当時でもしんどい実験だったのでしょう。

4・フリードリヒ2世の実験

やばい実験を行ったとされますが、プロパガンダで大袈裟に悪く言われている側面があります。

彼は「言葉を教わらないで育った子どもが、どんな言葉を話すのか」疑問を持ちました。6ヶ国語を話すことができたフリードリヒ2世は、人間は生まれたときから自分の言葉をもっていると思っていました。それはきっとヘブライ語に違いないと期待していたのです。

フリードリヒ2世はこの実験のため、部下に50人もの赤ちゃんを集めさせ、部屋に隔離させました。そこで下記のような条件で実験を行ったそうです。

・赤ちゃんの目を見ない
・赤ちゃんに笑いかけない
・赤ちゃんに語りかけない
・赤ちゃんとふれあいを一切しない
・しっかりとミルクを与える
・お風呂にはきちんと入れる
・赤ちゃんの排せつの処理をする

つまり、赤ちゃんが生きるのに必要なことはすべて与えた一方で、スキンシップすなわち愛情を与えなかったのです。実験の結果はおそろしいものでした。子どもたちは、愛情を示してもらえず、言葉もかけてもらえず、誰ひとりとして育ちませんでした。全員が1歳の誕生日を迎えることなく亡くなったそうです。

無視はだめですね。こわいよ~。

5・武田信虎の実験もえぐい

どうしても悪いイメージがありますが、やはりこのイベントが大きいのではないのでしょうか?

その割に追放だけで済んだので、これは信玄のプロパガンダの可能性はありますね。

信虎は悪逆非道の王とされ、妊婦の腹を生きたまま裂いて胎児を見たと伝えられている。

大河ドラマでは、山本勘助の彼女が被害者になりました。こういったエピソードは多くの人物にあるので、プロパガンダ的側面があるのかもしれません。

6・バートリ・エルジェーベトはやべえ奴

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