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【爆撃機】ドイツ史上最高FW、          ゲルト・ミュラー。

1960~1970年代に活躍したドイツ代表、ゲルト・ミュラー(Gerd Müller) の凄い経歴を紹介します。

更新日: 2019年04月19日

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rulliさん

日本人が知らないゲルト・ミュラーの凄さを紹介します。

1945年、ドイツ生まれ。

【主な所属クラブ】
1964ー1979 バイエルン  453試合398得点

ブンデスリーガ  
 優勝  4回(1969、72-74)
 得点王 7回 (最多)
(1967、69、70、72-74、78)

欧州CC   優勝 3回(1974-76)
     得点王 4回(1973-75、77)



【ドイツ代表】 
1966ー1974   62試合68得点

ユーロ1972年、W杯1974年に優勝した。
決勝戦で両方共、ゴールを決めた。

「W杯1970、得点王」、10得点(6試合)。

彼はドイツ史上、最高のFWだ。

写真は、バイエルン・ミュンヘン時代の
ゲルト・ミュラー。

ゲルト・ミュラーが活躍した1970年代から
40年以上過ぎているが(2018年現在)、
未だにゲルト・ミュラーの
「欧州カップ戦での得点率」は歴代1位である。
メッシ、クリスティアーノ・ロナウドという下手な選手はゲルト・ミュラーを追い抜けない。
現在の欧州カップ戦は試合数が増えたので、
彼らは「得点数」を抜いたが、得点能力はミュラーが上で、依然として「得点率」欧州史上1位は、
ミュラーである。
ミュラーが彼らと同じだけ試合すれば、
成績は上になるという事だ。

ちなみに代表得点率、歴代1位は、
ジュスト・フォンテーヌ。

ミュラーは俗に言うアスリート体型ではなく、短足、中背だった。  そして運動量が少なかった。しかし一見、重そうに見えるが実は意外と敏捷でゴールを量産した。そしてゴール嗅覚は極めて優れていた。

写真は、W杯1970での、ゲルト・ミュラー。

ゲルト・ミュラーは稀代のエース・ストライカーである。
歴史上最高のセンター・フォワードの1人である。

「代表の得点数、得点率」を見ればメッシ、
クリスティアーノ・ロナウドの成績は本当は
実力不足で、酷い事が分かる。
彼らはクラブ・チームではビッグ・クラブに居る為
周りを優秀な選手で固めてもらい、
実力差が開いたリーグで、
下位チームから荒稼ぎしているという事だ。
だから彼らは代表の試合になると点が取れなくなる。

ミュラーはクラブでも代表でも変わらず、
とんでもない得点率の成績を残している。
ミュラーが真に実力があり、彼らより上という証明だ。

彼が、
「W杯の最多得点記録を32年も持っていた」
というのはとても凄い事である。

しかもW杯には2回しか参加していないのだ。
ロナウドは、4回も参加した。

ゲルト・ミュラーは
ブラジル代表のロナウド・ナザリオより決定力が
高い。

忘れてはいけない事は、W杯での得点率では
ゲルト・ミュラーの方がロナウド・ナザリオより
高いという事だ。
得点数は抜かれたが、試合数の関係でミュラーは
追い抜かれただけに過ぎない。

写真は、バイエルン・ミュンヘン時代の
ゲルト・ミュラー。

ラウル・ゴンザレスは、試合数が多くなければ
ゲルト・ミュラーの記録を抜けなかった。
現代は、欧州CLができて、
昔より欧州カップ戦の試合数が増えた為、
ラウルは記録を抜けただけである。
実力ではゲルト・ミュラーが圧倒的に上である。

写真は、欧州チャンピオンズ・カップに優勝し、
トロフィーを持つゲルト・ミュラー。優勝記念写真。
バイエルンで「欧州チャンピオンズ・カップ3連覇」をした。

現在のスター選手のメッシとクリスティアーノ・ロナウドは試合数が増えたので得点数を抜けただけである。
実力はゲルト・ミュラー以下である。
得点能力で、この2人はゲルト・ミュラーには敵わない。

写真は、バイエルン時代のゲルト・ミュラー。

メッシがゲルト・ミュラーの
「シーズン最多得点記録」を抜けたのは
単に「メッシの方が9試合多かったから」だ。
同じ試合数ならメッシは抜けなかった。
だから実質的に今でもナンバー1は
ゲルト・ミュラーである。

メッシの新記録は試合数が多かったから達成できたに過ぎない。
ゲルト・ミュラーの得点能力はメッシより上である。

写真は、王様の格好でポーズを取る
ゲルト・ミュラー。

現役時代、ゲルト・ミュラーは
「欧州最強リーグで7回も得点王になる」
という前人未踏の活躍をした。
一番難しくハイ・レベルなリーグで
7回も得点王になったのだから怪物である。

この当時、バロンドールの投票では
ノミネート30人中の約3分の1は
ブンデスリーガ所属の選手だった。
それぐらい当時、この1リーグに優秀な選手が
集まっていた。
ミュラーはそこで7回も得点王になった。

写真は、W杯1970での、ゲルト・ミュラー。

ミュラーはW杯1970で、
「1大会で2回もハットトリックする」
という偉業を成し遂げた。
いかに大舞台に強い選手であったかが分かる。
メッシみたいにW杯決勝トーナメント以降は
得点した事もないし、ハットトリックした事もない
選手とは比較にならないぐらい、
ミュラーの得点能力は高かった。

写真は、1970年代、バイエルンの主力3人。
左が  ゲルト・ミュラー。
中央が GK、ゼップ・マイヤー、
右奥が DF、フランツ・ベッケンバウアー。

ベッケンバウアーは
バロンドール(欧州最優秀選手)に2回輝き、
ブンデスリーガ最優秀選手、4回受賞(史上最多)
の超一流選手であった。
しかし、
「バイエルンでは、ミュラーが一番偉大だ」
と述べている。

写真は、W杯1974での一枚。
左が ゲルト・ミュラー。
右が DF、パウル・ブライトナー。


ドイツの黄金時代は、ゲルト・ミュラーの得点能力によって成し遂げられた部分がとても大きい。
それを当時のチームメイトは素直に認めている。

写真は、現役引退後、中年になっている
ゲルト・ミュラー。
ゴールデン・ブーツ(得点王)のトロフィーを
持っている。

彼の「ブンデスリーガ得点王7回」という記録は
永久不滅だろう。
今後、ブンデスリーガで8回得点王になる選手が
出る事を想像するのは難しい。
それぐらいゲルト・ミュラーは
「稀代の怪物ストライカー」であったという事だ。

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