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【爆撃機】ドイツ史上最高FW、    ゲルト・ミュラー。

1960~70年代に活躍したドイツ代表、FW、ゲルト・ミュラー (Gerd Müller) を紹介します。

更新日: 2020年07月09日

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rulliさん

【本編開始】日本人が知らない、ゲルト・ミュラーの凄さを紹介します。

1945年、ドイツ生まれ。

【主な所属クラブ】
1964ー1979 バイエルン  453試合398得点

ブンデスリーガ  
 優勝  4回(1969、72-74)
 得点王 7回 (最多)
(1967、69、70、72-74、78)

欧州CC   優勝 3回(1974-76)
     得点王 4回(1973-75、77)



【ドイツ代表】 
1966ー1974   62試合68得点

ユーロ1972年、W杯1974年に優勝した。
決勝戦で両方共、ゴールを決めた。

「W杯1970、得点王」、10得点(6試合)。

彼はドイツ史上、最高のFWだ。

写真は、バイエルン・ミュンヘン時代の
ゲルト・ミュラー。

1970年代、ゲルト・ミュラーが活躍した頃から
40年以上過ぎているが(2018年現在)、
未だにミュラーの
「欧州カップ戦での得点率」は、歴代1位である。
メッシ、クリスチアーノ・ホナウドという
下手な選手達は、
ゲルト・ミュラーを追い抜けない。

現在の欧州カップ戦は、試合数が増えたので
メッシ達は「得点数」を抜いた。
しかし、得点能力はミュラーが上で、
依然として「欧州史上1位の得点率」である。

ミュラーが、彼らと同じだけ試合すれば、
成績は上になるという事だ。

ちなみに代表得点率、歴代1位は、
ジュスト・フォンテーヌ。

ミュラーは俗に言うアスリート体型ではなく、短足、中背だった。 そして運動量が少なかった。しかし一見、重そうに見えるが実は意外と敏捷でゴールを量産した。そしてゴール嗅覚は極めて優れていた。

ゲルト・ミュラーは、
その並外れた得点能力から、ドイツ国民から
「Bomber der Nation 
:ボンバー・デア・ナッツィオン
ドイツ語で、『国の爆撃機』という意味」
という愛称を持っていた。

または、単に
「Der Bomber :デア・ボンバー: 爆撃機」
と呼ばれることも多かった。

写真は、W杯1970での、ゲルト・ミュラー。

ゲルト・ミュラーは
稀代のエース・ストライカーである。

「代表の得点数、得点率」を見れば
メッシ、クリスチアーノ・ホナウドの成績は、
本当は実力不足で、酷い事が分かる。
彼らがクラブ・チームで成績が良い理由は
ビッグ・クラブに居る為
周りを優秀な選手で固めてもらい、
実力差が開いた簡単なリーグで
下位チームから荒稼ぎしているからだ。
故に、代表の試合になると点が取れなくなる。

ミュラーは、クラブでも代表でも変わらず、
とんでもない得点率の成績を残した。
ミュラーが真に実力があり、
彼らより上という証明だ。

彼が、
「W杯の最多得点記録を、32年も持っていた」
というのはとても凄い事である。

しかもW杯には、
ミュラーは、 2回しか参加していないのだ。
ホナウドは、 4回も参加した。

ゲルト・ミュラーは、
ブラジル代表のホナウド・ナザリオより
決定力が高い。

忘れてはいけない事は、
「W杯での得点率では
ミュラーの方がホナウド・ナザリオより高い」
という事だ。
ゲルト・ミュラーは、得点数は抜かれたが、
試合数の関係で、抜かれただけに過ぎない。

写真は、バイエルン・ミュンヘン時代の
ゲルト・ミュラー。

欧州のカップ戦での得点数を、
ミュラーは、ラウルに抜かれたが、
得点率では、ミュラーが遥かに上である。

「ラウル・ゴンザレスは、
試合数が多くなければ、
ゲルト・ミュラーの記録を抜けなかった」
という事だ。

現代は、欧州CLができて、
昔より欧州カップ戦の試合数が増えた為、
ラウルは、記録を抜けただけである。
実力ではゲルト・ミュラーが圧倒的に上である。

写真は、欧州チャンピオンズ・カップに優勝し、
トロフィーを持つ、ゲルト・ミュラー。優勝記念写真。
バイエルンで「欧州チャンピオンズ・カップ3連覇」をした。

現在のスター選手のメッシとクリスティアーノ・ホナウドは
「試合数が増えたので、得点数を抜けただけ」である。
実力は、ゲルト・ミュラー以下である。
この2人は、ゲルト・ミュラーの得点能力には敵わない。

写真は、バイエルン時代のゲルト・ミュラー。

公式戦1シーズン、最多得点記録で、
ゲルト・ミュラーの方が、
メッシより得点率は、高い。

メッシがゲルト・ミュラーの
「シーズン最多得点記録」を抜けたのは
単に「メッシの方が9試合多かったから」だ。
同じ試合数ならば、メッシは抜けなかった。
故に、今でも、実質的にナンバー1は
ゲルト・ミュラーである。

メッシの新記録は
「試合数が多かったから達成できた」に過ぎない。
ゲルト・ミュラーの得点能力は
メッシより上である。

写真は、王様の格好でポーズを取る
ゲルト・ミュラー。

ブンデスリーガは、当時、欧州最強リーグだった。

現役時代、ゲルト・ミュラーは
「欧州最強リーグで、7回も得点王になる」
という前人未踏の活躍をした。
一番難しくハイ・レベルなリーグで
7回も得点王になったのだから、怪物である。

この当時、バロンドールの投票では
ノミネート30人中の約3分の1は
ブンデスリーガ所属の選手だった。
それぐらい当時、
この1リーグに優秀な選手が、集まっていた。
ミュラーは、そこで7回も得点王に輝いた。

写真は、W杯1970での、ゲルト・ミュラー。

ミュラーはW杯1970で、
「1大会で、2回もハットトリックする」
という偉業を成し遂げた。
いかに大舞台に強い選手であったかが分かる。
ミュラーは、メッシみたいに、
W杯決勝トーナメント以降は、得点した事もなく、ハットトリックした事もない選手とは、
比較にならないぐらい、得点能力が高かった。

写真は、1970年代、バイエルンの主力3人。
左が   FW、ゲルト・ミュラー。
中央奥が GK、ゼップ・マイヤー、
右奥が  DF、フランツ・ベッケンバウアー。

ベッケンバウアーは
バロンドール(欧州最優秀選手)に2回輝き、
ブンデスリーガ最優秀選手、4回受賞(史上最多)
の超一流選手であった。
しかし、彼は、
「バイエルンでは、ミュラーが一番偉大だ」
と述べている。

写真は、W杯1974での一枚。
左が ゲルト・ミュラー。
右が DF、パウル・ブライトナー。


ドイツの黄金時代は、
「ゲルト・ミュラーの得点能力」によって
成し遂げられた部分がとても大きい。
それを当時のチームメイトは、素直に認めている。

写真は、現役引退後、中年になっている
ゲルト・ミュラー。
ゴールデン・ブーツ(得点王)のトロフィーを
持っている。

彼の
「ブンデスリーガで、得点王7回」
という記録は、永久不滅だろう。

今後、ブンデスリーガで
「8回得点王になる選手の登場」を
想像するのは、難しい。
それぐらいゲルト・ミュラーは
「稀代の怪物ストライカー」であったという事だ。

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