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【五月人形選びの参考に】戦国武将の兜に込められた意味

五月人形の中でも、戦国武将の兜が人気になってきましたが、それぞれの兜にも意味があるのでまとめてみました。

更新日: 2018年03月26日

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Pilgrimさん

端午の節句といえば・・・

五月人形では、金太郎や鍾馗様などの武者飾りや、兜飾り・鎧飾りなど、たくさんの種類の五月人形が売られています

武将兜の中でもさらにたくさん種類があるので、どれを選んだらよいか悩まれる方も多いのではないのでしょうか?

もし選ぶのに悩んだら、兜のデザイン、兜の意味、武将のイメージ、土地にゆかりのある武将・・・など自分の中で基準をもって選ばれるとよいかと思います。
五月人形で人気な兜には、どんな意味がこめられているのでしょうか。

ランキング上位の人気兜

モチーフとなっている、「日月」は勝利や護身にご利益があるとされる「摩利支天」を象徴していると言われています。

摩利支天、とは古代インドの女神マーリーチーが仏教に取り込まれて生まれた神様。マーリーチーはサンスクリット語で「日月の光」を表します。

摩利支天の姿は小さく、イノシシに乗って素早く移動するので、実体が見えません。そのため戦場での守り神として武将や忍者などに広く信仰されました。

ゆかりの地:新潟県、関東地方(関東管領にあやかって)

この月の前立てを決めたのは、政宗ではなく、その父である輝宗だと伝えられています。

政宗が生まれたとき、輝宗は政宗の旗印を白地に赤丸としました。「白地赤日の丸旗」と呼ばれる旗印は、そのイメージ通り太陽をモチーフにしており、現在の日本国旗とよく似ています。その旗印に合わせて、兜の前立てを月としました。

太陽は仏教における金剛界(こんごうかい)、月は胎蔵界(たいぞうかい)を表すといいます。金剛界・胎蔵界とは仏教の曼荼羅(まんだら)の種類を示す言葉です。そして、曼荼羅はこの世の理を表しているとされましたから、旗印と前立てはどちらも仏の加護を意味します。おそらく、我が子の成功と守護を願って考えた旗印と前立てだったのでしょう。

ゆかりの地:宮城県、山形県、福島県など

兼続が兜に愛の文字を用いた理由は大きく分けて二つあります。一つは、上杉謙信が戦勝祈願をした愛宕神社にあやかり、「愛」の一文字を拝借したという説。

そしてもう一つは、「愛染明王」から拝借したという説です。
兼続は軍神としても名高い愛染明王を信仰していたと言われており、愛染明王の頭文字である「愛」を掲げたのではないかと考えられています。上杉謙信が毘沙門天から一字を拝借して旗印としたことにあやかったのかもしれませんね。

ゆかりの地:新潟県、山形県など

「鹿の角」は、古くから鹿は神の使いだと考えられ、神聖視されていました

鹿の持つ立派な角のイメージから、貴人・権力者の象徴とされ、鹿は「福を呼ぶ縁起物」と考えられています

前立ての「六文銭」は、戦死に対する覚悟の表明です

「六文銭」は、三途の川を渡るための渡し賃(三途の川を渡るのに必要とされるお金)と言われており、この旗を掲げて戦うということは、真田は死をも恐れず戦うという意思表示なのです

ゆかりの地:長野県、群馬県、大阪府など

諏訪明神は、古来より日本第一の大軍神として信仰されており、武田氏も代々諏訪明神を崇敬していたとされています。

ゆかりの地:山梨県、長野県、愛知県など

天下人にあやかりたい!三英傑の兜

「木瓜紋」は、鳥の巣を模していて、雛が孵り巣立ちを迎える様子から、子孫繁栄の意味があります

「御簾」は貴人が使用していた「すだれ」のことで、神と人との境界を表すものと考えられてきました
神とのつながりを持ち、神の御加護を得られるようにと期待が込められています

ゆかりの地:滋賀県、岐阜県、京都府など

「一の谷」形とは、峻険な崖として有名な摂津国の一の谷を表し、「馬蘭」とは、菖蒲という植物の一種で、その葉を形どったものです。

「菖蒲」(しょうぶ)の音が「勝負」に繋がることから、戦いにおいて縁起物とされました。

ゆかりの地:愛知県、大阪府、京都府など

家康の兜の頭巾は、七福神の大黒天の頭巾をモチーフにしています。

今でこそ、打ち出の小槌を持った、ふくよかな金持ちのお爺さん大黒天は、元々は、戦争の神で、その強さに家康は、あやかったからです。

徳川家康の鎧兜は、枯れることのない繁栄と長寿のシンボルである「シダの葉」をモチーフとしています。
この鎧兜は、戦国の世に終止符を打った「関ケ原の戦い」で身に着けて勝利したことから、非常に縁起の良いものとして扱われました。

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