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「衝撃」こち亀の作者、秋本治とは、いったい誰なのか。

2016年をもって連載40年に幕を下ろしたこち亀(こちら葛飾区亀有公園前派出所)の意外と知られていない作者秋本治先生について調べてみました

更新日: 2018年03月26日

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Ichan3000さん

来歴(子供時代)

秋本治(本名)
1952年12月11日
東京都葛飾区亀有に生まれる
活動期間1976年~

9歳の時に父親と死別して以降、母親の手だけで育てられた。小学校3年生頃より漫画らしきものを描き始め、5年生の時に漫画家に憧れるようになり、ペンを買い久松文雄の『スーパージェッター』に似たものを描く。中学校に入り、母親に買ってもらった石森章太郎の『マンガ家入門』を擦り切れるまで読み、ペンの種類や描き方などを知る[5]。この頃書きためた作品をまとめた個人誌「星」を製作する。高校のデザイン科に入学し、学友とともに「マンガ劇画同好会」を立ち上げるとともに同人サークル「CCマニア」に参加し、同人誌『でんでんむし』に作品を投稿していた。この頃の秋本の画風は周囲からの影響で劇画タッチだった

来歴(高校卒業後)

高校卒業後、アニメーターを志し旧虫プロダクションのアニメーター採用試験を受けるも不合格であった。しかし旧虫プロダクションの紹介でタツノコプロに入社する。同社作品『カバトット』『かいけつタマゴン』『科学忍者隊ガッチャマン』などで2年間動画などを務めた後、退社。理由は仕事が多忙で、病気で入院していた母の看病が週1度の頻度しか出来なくなったことにある。退社後は「CCマニア」解散後に残った仲間と「漫画創作倶楽部」を結成。母の看病をしつつ、しばらく投稿漫画家生活を送る。

新人時代

母の死をきっかけに1976年(昭和51年)、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(以下『こち亀』)を新人賞に応募する。月例ヤングジャンプ賞入選作品(4月期)に選ばれ、山上たつひこの名前をもじった「山止たつひこ」の名義で、『週刊少年ジャンプ』29号(6月22日発売)に読切として掲載される。賞へ応募した際のペンネームは、さらに石ノ森章太郎のもじりも加えた「岩森章太郎改め山止たつひこ」(岩森章太郎での活動はない。)であった。長いタイトルとペンネームは自分の投稿が編集者の目に止まるようにという理由からであった。

こち亀の始まり

『週刊少年ジャンプ』1976年42号(9月21日発売)より『こち亀』の連載を開始。編集部からは「この漫画ではこの名前で、終わったら本名にしてもいいよ」と言われており、本人も短期で連載終了するとばかり思っていたものの、予想以上に人気が出て連載が続き、さらには「本家」の山上たつひこからクレームが出たこともあり、100話目を機に現在のペンネーム(本名)に改めることになった。それまで山止名義で刊行されていた単行本第1巻 - 第6巻は増刷の際に秋本治に改められた。秋本は後年に「山上たつひこ先生に本当に申し訳ないことをした」「若気の至りとはこのためにあるような言葉です」「なんて大それたことをしたんだ!と思う」など反省の弁を述べている。

その後

『こち亀』は1977年(昭和52年)12月24日にせんだみつおの主演で映画化され、1985年(昭和60年)のジャンプフェスティバル向け短編アニメを経て1996年から2004年までフジテレビ系列でテレビアニメ化された(前者と後者とではスタッフ・キャスト共に異なる。)。また、過去5回(1999年、2001年、2003年、2006年、2016年)で舞台化もされている。

2000年の誕生日以降「こち亀」の連載期間が秋元の人生の半分以上を占めるようになった

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