航海者―三浦按針の生涯〈上〉 (文春文庫)

航海者―三浦按針の生涯

文藝春秋 (2005/04)

オランダの東洋探検船団の一隻リーフデ号に乗り込んだウイリアム・アダムスは、1600年4月19日、豊後水道の臼杵に漂着した。足掛け3年の過酷な航海の果て、同船の乗組員110人は24人の生存者を数えるのみであった。航海長アダムスは天下統一をめざす家康に目をかけられ、艦載の大砲を関ヶ原へと運ぶ。海洋歴史小説の金字塔。

(「BOOK」データベースより)

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徳川家康の外交顧問「三浦按針」を大河ドラマに……という運動が始まる

初めて来日したイギリス人といわれているウイリアム・アダムス(三浦按針)を大河ドラマの題材にしようという運動が関係自治体にて始まっています。1600年、オランダ船リーフデ号に乗り日本に来航してきた三浦按針は、徳川家康に重用され外交において活躍しました。

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