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まだ漣さんとお芝居がしたい‥大杉漣さんお別れの会に多くの人が参列した

2月21日に急性心不全のため66歳で亡くなった俳優の大杉漣さんをしのぶお別れ会が14日東京・青山葬儀所で行われ、ビートたけしや水谷豊ら関係者・ファン約1700人が参列した。弔辞を読み上げた元SMAPの草なぎ剛さんは「僕はやっぱりまだ漣さんとお芝居したいです」と声を震わせた。

更新日: 2018年04月15日

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ファンら合わせて約1700人が大杉漣さんと最後の別れを惜しみました。

karumaru0505さん

●2月21日に急性心不全のため亡くなった俳優・大杉漣さん

大杉さんは20日、放送中の連続ドラマ「バイプレイヤーズ」の撮影を終え、ホテルに戻った後に不調を訴えたという。

松重豊さんが付き添って最寄りの病院に行ったが、駆けつけた遠藤憲一さん、田口トモロヲさん、光石研さんに看取られ、息を引き取ったという。

●名バイプレイヤーの突然の訃報に日本中が悲しみに包まれました

大杉さんは1951年9月27日生まれ、徳島県出身。74年から88年まで、太田省吾主宰の『転形劇場』で舞台俳優として活躍し、78年に『緊縛いけにえ』で映画デビュー。

以降、映画『ソナチネ』、『土竜の唄 潜入捜査官REIJI』、NHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』などの多数の作品に出演。主役を際立たせる名バイプレーヤーとして欠かせない存在となった。

●14日、大杉漣さんお別れの会が営まれました

2月21日に急性心不全のため亡くなった俳優の大杉漣さん(享年66)のお別れの会「さらば!ゴンタクレ」が14日、東京・青山葬儀所で営まれました。

北野武(ビートたけし)監督や最期をみとった田口トモロヲ、遠藤憲一、光石研、松重豊ら関係者約700人が参列。

●遺影は大杉漣さんの息子・大杉隼平さんが撮影したものでした

さらば!悪ガキ漣さん…お別れ会に1700人、バイプレイヤーズ4人集合「どこにでも差し込む光のような人」 dlvr.it/QPYQf8 pic.twitter.com/0gUiZXB9Ig

祭壇は、大杉さんの師である転形劇場の主宰者の太田省吾氏の葬儀の時と同じ野原をイメージしたもので、弘美夫人の「風の吹く中から、大杉が立ち現れてきそう」という思いを具現化。

遺影は大杉の息子であり写真家の大杉隼平が2016年に撮影したもの。祭壇の前には大杉が生前愛用していた眼鏡や帽子、サッカーボールなどが置かれていた。

大杉さんが創設したサッカーチーム「鰯クラブ」のユニフォームも見られた。

●戒名は大杉漣さんを象徴する文字で構成されました

優しい人柄と月光のような穏やかな輝き、芸名の漣、演奏の奏、好きなサッカーの球、本名の孝と、大杉さんを象徴する文字で構成されている。

●「父であり友人のような人でした」

長男で写真家の大杉隼平氏は、参列者と大杉さんの思い出話をするなかで「いかに現場に立っていたか、改めて感じました」としみじみ。

遺影を撮影した隼平さんは「父ではあるんですけど、親友のような、良き友人のような人でした。たくさんケンカして、たくさん笑い合った。失ってみて、どれだけ好きだったのか痛感しました。

たくさんの人に来ていただいて父も喜んでいると思います」。最後はファンの元へと駆け寄り、足を運んでくれたことに礼を述べ、頭を下げていた。

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