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イラク派遣の自衛隊日報発見問題、元をたどれば小泉政権

今、明らかになった自衛隊イラク派遣の日報の存在。自衛隊派遣を決定した張本人である小泉元首相は記者団に対して色々と弁明しています。それに違和感を抱いている人は少なくないようです。

更新日: 2018年07月02日

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今、明らかになった自衛隊イラク派遣の日報の存在。自衛隊派遣を決定した張本人である小泉元首相は記者団に対して色々と弁明しています。それに違和感を抱いている人は少なくないようです。

■「ない」とされてきたイラク派遣(2003年~)時の日報が見つかった

アメリカ、イギリスなどが2003年3月20日から、イラクの大量破壊兵器を理由に始まった軍事介入。日本は人道復興支援活動と安全確保支援活動のために「非戦闘地域」へ自衛隊を派遣しました。

見つかった日報は2004年から06年にかけて、イラクに派遣された陸上自衛隊の現地部隊が報告したもので、延べ376日分、およそ1万4000ページ

隊員の活動はイラク復興支援特別措置法に基づき「非戦闘地域」に限られていたが、日報には「戦闘」という文言が複数あることが明らかになった

■各方面から「安倍政権の責任追及」を求める声が挙がるが・・・

「存在しない」とされてきたイラクでの自衛隊の「日報」が見つかった問題などを受け、野党6党の幹部が会談し、結束して安倍首相の姿勢をただしていく方針で一致

野党やメディアが次に食いつくのが、陸上自衛隊イラク派遣部隊の日報問題だ。朝日は早速これに飛びつき、「防衛省・自衛隊の隠蔽体質は変わっていない」とし、「国会を軽視し、独断で政策を進めようとする安倍政権の体質にも通じるもの」という無理筋な結論を出している。

■ちょっと待って!自衛隊のイラク派遣を決断したのは小泉政権!当時は日本中が揺れていた

第二次小泉内閣
2003年(H15)11月~2004年(H16)9月

当時の状況①戦闘・非戦闘の解釈、イラク戦争の根拠説明があいまいすぎた

当時も揉めに揉めていました。

「先ほどからも防衛庁長官が答弁しておりますように、非戦闘地域だから安全であるとは言えない場合もあると。」

2007年の小泉首相の発言

どこが戦闘地域かどこが非戦闘地域かと聞かれても私に分かるわけがないと。それはもう当然なんですよ。私、現地行って調査したわけじゃないんですし、専門家でもありませんから。

バグダッド飛行場を非戦闘地域と判断した根拠についての質問に対しての答弁

「首相の論理は『フセインも見つかっていない』が『いた』。だから『大量破壊兵器も見つかっていない』が『あった』」と“珍答弁”

イラク戦争支持の根拠についての志位委員長の追及に対する答弁

当時の状況②徹底的なメディア統制が敷かれていた

小泉政権は、歴代政権の中でも際だってメディア対策に長けた政権であり、硬軟自在のPR 戦略を展開して政権維持の基盤ともしてきた

成功を収めたのがメディア統制の強化であり、その象徴的なものが 04年3月、防衛庁と日本新聞協会・日本民間放送連盟(民放連)が合意した「イラク自衛隊取材ルール)

日本のメディアは初めて、自衛隊の取材で明文化した自主規制ルールに縛られることになった

■実は現地の情勢を承知していたという可能性が大いにある

知らないはずないよね…

実働部隊である自衛隊にとって、さまざまな出動経験とその蓄積は、今後の活動にとっての何よりの基礎的資料であり、資産であるはずだ。日報は、間違っても「もう読んだから捨てました」などという軽いものではない

内閣には内閣調査室という諜報機関もあるのです。現場の隊員達に調査すれば、幾ら上官達がウソをつき続けたとしても全てを覆い隠すことは不可能であって、自衛隊のトップ達がその事を認識していないはずが無い

メディアを規制・統制しようと躍起になる様子は、派遣先が実質的な「戦地」であることを政府自体が認めていたことを物語る

■安倍政権が糾弾される中、肝心の小泉元首相の当事者意識が希薄なのでは?

日報に「戦闘」という表記が含まれるとみられることについて「非戦闘地域には行かないという前提で出した。戦闘しているとの報告は一切なかった」と述べ、対応に問題はなかったとの認識を示した

2018年日報が見つかった後の小泉元首相の発言。

日報隠してたのを問題にしてたと思ったんだが、なんかサマワの治安が悪かったこと隠してた!ってのを叩きはじめてるけど、なんでそれが安倍政権のせいになるんだ?小泉政権の問題じゃないの?本気で意味がわからないんだが?

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