1. まとめトップ

この記事は私がまとめました

現在勉強中ですが、いろいろ読むなかで、まとめを作成してみました。ぜひごらんください。

enjoy7さん

信じて南無妙法蓮華経と唱える事が大切。

ここに、現代の人々の闇を明かせる教えを綴ってみたい。
日蓮という僧が鎌倉時代に、釈尊の説いた教えを、ひと通りつぶさに学習して、その中に秘められた一生成仏の法を明らかにしている。その教えを知り、具体的になにをすれば、我々は成仏に至るのか、考えたい。
 
日蓮大聖人御書という文書から引いている。

「常の所行は題目を南無妙法蓮華経と唱うべし、」
と有る。
 
日蓮大聖人御書、唱法華題目抄(一三ページ)。
 
いつも行う修行は、南無妙法蓮華経と唱えること。
 
 
南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経
 
 
日 蓮 在 御 判

「仏一切経を説き給いし事は法華経を説かせ給はんための足代なり、」
と有る。
 
日蓮大聖人御書、上野殿母御前御返事(一五六九頁)。
 
釈尊がすべてのお経を説法したのわ、法華経を説くための足場のためである。
 
 
南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経
 
 
日 蓮 在 御 判

「法華経一部の肝心は南無妙法蓮華経の題目にて候、」
と有る。
 
日蓮大聖人御書、妙法尼御前御返事(一四O三ページ)。
 
釈尊五十年の説法
・華厳(21日)・阿含(12年)・方等(16年)・般若(14年)・法華(8年)・涅槃(1昼夜)
のうち、「四十余年未顕真実」の42年のあと説いた真実の法=法華経のうち、
 
その肝心は、南無妙法蓮華経の題目である。
 
 
南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経
 
 
日 蓮 在 御 判

「一仏・一切仏にして妙法の二字に諸仏皆収まれり、故に妙法蓮華経の五字を唱うる功徳莫大なり・・・としりて法華経の題目を唱うべし。」
と有る。
 
日蓮大聖人御書、唱法華題目抄(一三ページ)。
 
この題目に諸仏がみな収まっているので、この南無妙法蓮華経を信じて唱えていく功徳は、
とんでもなく莫大であるということ。
 
 
南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経
 
 
日 蓮 在 御 判

「法華経に云く「若し法を聞く者有らば一(ひとり)として成仏せざること無し」云云、」
と有る。
 
日蓮大聖人御書、千日尼御返事(一三一八ページ)。
 
法華経に書いてある。
「もしこの法を聞いた人があれば、一人として成仏しないということが無い」
というのが、南無妙法蓮華経である。
 
 
南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経
 
 
日 蓮 在 御 判

「とてもかくても法華経を強いて説き聞かすべし、信ぜん人は仏になるべし謗ぜん者は毒鼓の縁となつて仏になるべきなり、何にとしても仏の種は法華経より外になきなり、」
と有る。
 
日蓮大聖人御書、法華初心成仏抄(五五二ページ)。
 
とにもかくにも南無妙法蓮華経を唱えるように説いて聞かせていくべきである。
信じる人は成仏できるし、疑って悪く言う人も毒鼓(どっく)の縁となって成仏できる。
この南無妙法蓮華経以外に即身成仏の道は無い。
 
 
南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経
 
 
日 蓮 在 御 判

「南無妙法蓮華経と他事なく唱へ申して候へば・・・如我等無異と申して釈尊程の仏にやすやすと成り候なり、
         ・・・
信心なき者は更に成仏すべからず、
         ・・・
信心あるものは成仏すべし、」
と有る。
 
日蓮大聖人御書、新池御書(一四四三ページ)。
 
とにもかくにも南無妙法蓮華経となにも混ぜずに唱えていけば、釈尊のような即身成仏が叶うのである。
たとえ理解が無くとも信じる心があれば成仏できる。
 
 
南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経
 
 
日 蓮 在 御 判

このまとめの大要は?。

真言宗が正体の無い大日如来を拝もうとも、浄土宗の法然が捨閉閣抛と法華経を誹謗して衆生を惑わそうとも、禅宗が教外別伝,不立文字,仏祖不伝と云っていろいろな言い訳で自語相違しようとも、
法華経こそ釈尊五十年の説法中最第一なのに変わりわない。
日蓮は法華経の中から末法の全人類を救う為、南無妙法蓮華経を取り出して、衆生の即身成仏の
道を開いた。この、南無妙法蓮華経を信じ,唱え,学び,弘める,法華経の行者にわ、三障四魔と三類の敵人が必ず競い起こることが書かれている。
 
この事の一念三千の南無妙法蓮華経を信じて唱える以外に成仏の道は無い。
 
enjoy7

「謗法の者を治すべし」。

「問うて日く如何にして速かに此の災難を留む可きや、
答えて日く速に謗法の者を治す可し若ししからずんば無尽の祈請有りと雖も災難を留む可からざるなり、」
と有る。
 
日蓮大聖人御書、災難対治抄(八五ページ)。
 
 
質問すると、どのようにしてすみやかにこの災難を留めるべきであろうか?。
答えて云うと、すみやかに謗法の者を治すべきである。
もしそれが叶わなければ、どれだけの祈りや請願があってもこの災難を留めることわできないだろう。
 
 
とくに日本の宗教界は、日蓮の南無妙法蓮華経 以外の教義・宗派が蔓延していて、邪宗の宝庫となっているため、その謗法の根は深い。
 
これほどの天変地夭・自然災害が人々を苦しめる現状を鑑みて、すみやかに、法華経の真髄の
南無妙法蓮華経を、日本一同に信受し、唱えていくべきでわなかろうか。
 
釈尊一代五十年の教経を、比叡や鎌倉で真剣に研鑽し、最重要の法華経の文底(中)より
南無妙法蓮華経を取り出して末法末代の一切衆生を救済するために法を説いた、
日蓮が云っている。
 
未来、正法が実現し、南無妙法蓮華経を一同が唱えるまで、釈尊、天台、伝教、日蓮と
繋いだ法を、地涌の菩薩たちが折伏摂受して弘めて行くだろう。
 
一切衆生を救済するために!!。
 
 
南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経

「仏自ら無量義経に「四十余年未だ真実を顕さず」と申す経文まのあたり説かせ給へる
故なり、」
と有る。
 
日蓮大聖人御書、月水御書(一二OOページ)。
 
釈尊が自分で無量義経に、「四十余年未顕真実」と説いた。つまり、華厳・阿含・方等・般若
の説法には真実は無く、ただ最後の8年の法華経のみ皆是真実ということ。
 
 
南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経
 
 
日 蓮 在 御 判

月。よく御書に出てくる。

「末法現代にいちばん必要な題目は?」。

「此の時は濁悪たる当世の逆謗の二人に初めて本門の肝心寿量品の南無妙法蓮華経を以て下種
と為す」
と有る。
 
日蓮大聖人御書、教行証御書(一二七六ページ)。
 
 
この時=末法=現代の悪世の逆縁の人と謗法の人に、この法華経寿量品の南無妙法蓮華経を聞かせて唱えさせることで、下種と成る。
 
教えのみ在って、修行する人も無ければ、現証=実際に証拠となることが起きることも無い、
末法現代は、教のみ在って行,証が無い、このような時代に入ったら、ただ南無妙法蓮華経を
説いて聞かせて、機に依って唱えさせてあげることが、聞法下種(もんぽうげしゅ)となり、
ゆくゆくわ聞いた人の成仏の因となっていくのである。
 
だから、五濁悪世の現在でわ、この最高・唯一無二の題目=南無妙法蓮華経だけを
人々に聞かせていけば、因となり縁となって将来聞いた人が成仏できる日が来る。
 
故に、このブログを書き記して、みなさんの目にふれるように、工夫を凝らしている(笑)。
このブログの最初に目に入ってくる
「南無妙法蓮華経」
を、一人でも多くの人の目にふれさせたい。
 
このブログわ、わたし自身の修行である。
 
 
南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経
 
 
日 蓮 在 御 判

「耳にふれし類(たぐい)は」。

「妙法蓮華経と唱うる時・心性の如来顕る耳にふれし類(たぐい)は無量阿僧祇劫の罪を滅す
一念も随喜する時即身成仏す縦(たと)ひ信ぜざれども種と成り熟と成り必ず之に依て成仏す、」
と有る。
 
日蓮大聖人御書、一念三千法門(四一五ページ)。
 
 
妙法蓮華経と唱えるとき、心の中の如来が顕れ、それを耳で聞いた人は今までの昔からの罪が消える。また聞いて一念も喜ぶとき、即身成仏する。
たとえ信じることができなくても、種となり熟して、かならず仏と成る。
 
そのくらいこの題目の功徳はスゴイ!!。
 
 
南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経
 
 
日 蓮 在 御 判

「身は軽く法は重し身を死して法を弘めよ」
「此等の本文を見れば三類の敵人を顕さずんば法華経の行者に非ず之を顕すは法華経の行者なり、」と有る。
 
日蓮大聖人御書、教機時国抄(四四一ページ)。

「法華経の敵を見ながら置いてせめずんば師檀ともに無間地獄は疑いなかるべし、
     ・・・
うるし千ばいに蟹の足一つ入れたらんが如し」と有る。
 
日蓮大聖人御書、曾谷殿御返事(一O五六ページ)。
 
 
南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経

「智慧に於ても正智あり邪智あり智慧ありとも其の邪義には随ふべからず、貴僧・高僧には依るべからず、」と有る。
 
日蓮大聖人御書、新池御書(一四四一ページ)。
 

 
南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経
 
日 蓮 在 御 判

「経を読誦し書持すること有らん者を見て軽賤憎嫉して結恨を懐かん乃至其の人命終して阿鼻獄に入り一劫を具足して劫尽きなば更生れん、」と有る。
 
南無妙法蓮華経を読み+心の中で読み、書きたもつ人を見て、軽んじ,賤しみ,憎み,嫉妬して,恨みを懐いた人は、死んで阿鼻地獄に入り、一劫という長いあいだ苦しんだ後また生まれてくる。
 
日蓮大聖人御書、顕謗法抄(四四八ページ)。
 
 
南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経

「何に況や持てる在家出家の者をや、 ・・・忘れても法華経を持つ者をば互に毀るべからざるか、其故は法華経を持つ者は必ず皆仏なり仏を毀りては罪を得るなり。」と有る。
 
日蓮大聖人御書、松野殿御返事(一三八二ページ)。
 
 
南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経
 
日 蓮 在 御 判

「「若し善比丘法を壊る者を見て置いて呵責し駆遣し挙処せずんば当に知るべし、是の人は仏法中の怨なり、若し能く駆遣し呵責し挙処せば是れ我が弟子真の声聞なり」云云」
     ・・・
「「慈無くして詐り親むは即ち是れ彼が怨なり」」と有る。
 
日蓮大聖人御書、阿仏房尼御前御返事(一三O七ページ)。
 
 
南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経
 
日 蓮 在 御 判

「又法華経をば経のごとく持つ人も・法華経の行者を或は貪瞋癡により或は世間の事により或は
しなじなのふるまひによつて憎む人あり、此は法華経を信ずれども信ずる功徳なしかへりて罰をかほるなり、    ・・・何に況や法華経の御師をや。」と有る。
 
日蓮大聖人御書、日女御前御返事(一二四七頁)。
 
 
南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経

蓮の華。いろいろな色がある。

「修羅は日輪を射奉れば頭七分に破る。
       ・・・
是れ偏に釈伽仏の御使いたる法華経の行者を・一切の真言師・念仏者・律僧等に・にくませて我と損じ、ことさらに天のにくまれを・かほれる国なる故に皆人・臆病になれるなり、
       ・・・
法華経のかたきならば随ひ給うべからず、」と有る。
 
日蓮大聖人御書、乙御前御消息(一二一九頁)。
 
 
南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経
 
 
日 蓮 在 御 判

題目を唱えきったら、、、。

南無妙法蓮華経を唱えきったら、
・怪我が奇跡的に軽く済んだり、
・病気が思っていたより回復が順調だったり、
・成功を祈った催事が大成功・快晴でできたり、
・引っ越しでとても良い物件・不動産屋さんに会えたり、
・・・
 
相手のあるなしにかかわらず、いろいろな良い現象が起こりやすくなります。
 
これわ、良くあってくれ、という思い・一念が、十界互具を経由して、三千世間に波及し、
いろいろな現証となって顕れるのです。
 
この題目は唯一本物なので、日蓮さんは御書のなかで、願いの叶う叶わないは日蓮や題目のせいでわない、とことわっていますが、(汗)
 
それと、なにかが起きてしまったときに、真剣にそのことに対処して万事を尽くして、なんとか軽く済んでほしい、と唱えきると、転重軽受(てんじゅうきょうじゅ)と云って、そのことが因となって物事が比較的軽く済んだりします。
 
このように、南無妙法蓮華経と信じて唱えきると、いろいろなところに波及して、現証が顕れます。これを信じるか否かは、あなた次第です。
 
 
ぜひあなたも南無妙法蓮華経と唱えきって、自在な境涯を体験してみませんか?。
(と云ってる私も修行中です)

1 2 3 4 5 ... 11 12