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【広島】広島の知られざる名物料理「中華そば」の歴史を振り返ろう

広島のソウルフードとして70年近く愛され続けている「中華そば」。今はなき名店『うぐいす』の息子さんのお話から、広島の中華そばの歴史を紐解きます。

更新日: 2018年05月02日

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この記事は私がまとめました

話題はひろしまのことだけ!? 史上初、広島県営SNS「日刊わしら」の回し者です。広島で昔から愛されているラーメン「中華そば」はどのように生まれたのか。日刊わしらユーザーの投稿から、その歴史を振り返ります。

お好み焼、尾道ラーメン、牡蠣などと並んで、実は広島で古くから愛されている食べ物が「中華そば」。

広島で中華そばはどのように生まれ、愛され、普及するようになったのでしょうか? 語り手は、広島県営SNS「日刊わしら」のユーザーで、広島最古のラーメン店の一つ『うぐいす』の息子さんです

主な舞台となるのは広島・流川。広島市の夜の繁華街です。そのど真ん中である中新地通りにあった私の実家の店「うぐいす」の思い出なんかも、良ければお話させてくださいね~。

「うぐいす」は戦後のまだ原爆の惨禍が生々しく残る昭和23年(1948年)に屋台の形で開店したと聞いています。広島市では、最も古いとされる来頼亭(南区西翠町)さんの次に歴史がある店だと思われます(たぶん)。創業したのは私の祖母に当たる故・小津和タカとその姉、2人です。確か姉が先に広島に来て、それを満州に行っていたうちの祖母が追いかけて来たんだったかな?

左の人物はうぐいす中新地店初代・小津和タカです。右はたぶん娘の俊子、つまり私の母だと思いますが、もしかしたら伯母(母の姉)かもしれません。店の暖簾の奥に人がいるなんて、なかなかしゃれた構図の写真ですが、誰がこれを写したんでしょうね?

さて、「うぐいす」の名はもともと満州で開いていた小料理屋が由来です。初代が戦後日本に戻ってきてラーメンを食べ「あら? これは満州で食べたチャーシュー麺じゃないの。これだったら私でも作れる」というのが中華そば屋開業のきっかけだと聞いています。

日本全国のラーメン屋が言わば独自変化を遂げて、「塩ラーメン」「味噌ラーメン」「しょうゆラーメン」などすっかり日本料理となっていったのに対し、広島の中華そばは文字通り中国寄りだったという言い方はできるかなと思っています。

『うぐいす』は姉妹それぞれが別々の家庭を持っていたことからか、店舗を2つに分けてそれぞれ中新地・新天地に店を構えました。そのうち中新地の方の店が私の祖母の店で、後に両親が後を継ぐことになります。

うぐいす新天地店とその二代目の写真です。推測するに、「もう戦後ではない」と言われた東京オリンピックくらいの時期だったんじゃないかなと。

WikipediaやAll Aboutでは、広島ラーメンのルーツは「しまい」「陽気」「すずめ」の流れである的な書き方です。これらはたぶん本からの引用だと思うんですが、私にはちょっと不本意です。

それはつまり、上記の某有名店の中に、もともとうちの常連客だった方が店主となった店があるということです。(あ、該当するお店の名前は伏せさせてくださいね。迷惑がかかってはいけないので。)

同じ「中華そば」として、広島の中である程度同時発生的に作り上げられてきた共通のイメージもあるでしょう。だから、師弟関係とか親戚関係とは違うにしても、「仲間に入れてよ!」とは思うんです。

こういうアピールが決定的に下手くそだった父に代わって、私の方からどうぞよろしくお願いします。

うぐいす中新地店です。外も昼間のようですし、恐らく仕込み中の祖母でしょう。昭和49年の私の誕生に伴い、徐々に二代目である父に仕事を引き継ぎ始めた時期(この頃にこの形に店の改装をしたとのこと)だと思います。うちの店のお客さんでも、この当時の左右が逆(入口から見て客席が左、調理場が右)の頃を知っている人は、今となっては稀かもしれません。

あ、そうだ。“鳥系の店名の元祖”くらいは名乗って良いですか?

戦時中の満州に遡ることができるので、さすがにこれだけは一番古いとは思うんですが、どうでしょ?

「小鳥系」とは、「すずめ」「めじろ」「うぐいす」など、広島の老舗中華そば店には小鳥の名前を冠した店が多かったことから付いた呼び名

二代目である父・大國佳毅は無骨な職人気質の人物で、商売に色気を出すことに興味がなく、無用なもめ事も嫌うタイプでした。(あ、引退こそしましたが、ありがたいことに現在もちゃんとピンピンしてます。)

その作業の早さはとても70代とは思えず、それどころかむしろ現役のほぼすべての若い料理人よりも早かったです。親としてもそうですが、いち料理人としても尊敬してやまない父です。

もっと詳しく当時を振り返りたい方は、このあたりの記事もぜひご覧ください

創業70年、広島最古の中華そば店として名前が上がるのがこの広島市中区『うぐいす』と、広島市南区『来頼亭』。ここからは日刊わしらユーザーの投稿から、広島で愛された中華そばの名店たちを振り返る

来頼亭。物心ついた頃に出会い、地元を離れた今でも通い続け、もう何回来たじゃろうか…

例えるなら実家の味噌汁の域かな

似島に以前、みなとや食堂という島唯一の食堂があり、そこの中華そばがとてもおいしかったのを覚えています。お店のかたが高齢の女性で、もう営業をやめてしまったとのことですが・・・

似島に釣りにいったときは、必ず食べたものでした。もし行ったことがある方や、その後のみなとや食堂の様子、もしくはお店の女性の方をご存知の方がいらっしゃれば、お話お聞かせください。

中華そば 寿々女が舟入幸町でオープンすると知った時は驚き、運命を感じました。もともと東観音町にあった中華そば すずめはしまいに暖簾を貰い受け、当時はひらがなでなく漢字の 寿々女でした。そのしまいがあった舟入幸町、しかも江波線を挟んだ場所にすずめが復活するのは僕には衝撃でした。

ちなみにチャーシュー麺を注文すると昔のすずめの青文字の丼で提供してくれます。

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