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光州事件(1980年・韓国)とは?韓国の軍事政権がデモ隊を虐殺、市民軍と戦った事件。

光州事件(1980年・韓国)は、韓国で1980年に起こった軍事政権側が市民放棄と対決した武力衝突事件です。韓国のデモ隊の一部が武器庫を襲って武器を奪って市民軍となり、軍事政権と武力衝突を起こしました。『タクシー運転手 約束は海を越えて』で映画化。

更新日: 2019年10月08日

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misukiruさん

◆1979年からの韓国民主化運動

1979年の朴大統領の死去を機に始まった民主化運動「ソウルの春」に呼応して、光州でも民主化の動き多強まった。翌80年5月16日の学生・市民のデモは5万人にふくれあがりあがった。

◆韓国南西部の都市で起きた民衆蜂起

光州事件は、1980年5月18日から27日にかけて大韓民国(韓国)の全羅南道の道庁所在地であった光州市(現:光州広域市)を中心として起きた民衆の蜂起

デモ参加者は約20万人にまで増え、木浦をはじめ全羅南道一帯に拡がり、市民軍は武器庫を襲うと銃撃戦の末に全羅南道道庁を占領

学生と市民は市の中央部の噴水台を占拠して自治共同体を組織して執行部を選出し、最後まで戦うことを決議した。

◆韓国軍による市民の虐殺

光州では、戒厳軍が抗議をする市民に対し、殴る蹴るの暴行、数人がかりでの袋叩き、さらには実弾を浴びせていたのです。

軍の暴走はとどまるところを知らず、デモを行っていない市民への無差別発砲や、白旗を掲げる人まで容赦なく射殺。

◆タクシー運転手として映画化

1980年に韓国で起きた光州事件でのドイツ人記者と韓国人タクシー運転手の実話を、『JSA』『密偵』などのソン・ガンホらの出演で映画化したドラマ。

光州事件での市民たちの戦いがなければ、現在のような民主化はなされていなかった可能性もありますし、犠牲になった方々の名誉のためにも、今、改めてこの事件を広く伝える必要があると考えました。

「親のすねをかじりながらデモをする学生のせいで道が混む」とぼやいた運転手もやがて事の深刻さが分かり、通訳の学生を亡くしてへたり込む外国人記者を叱咤(しった)する。

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