1. まとめトップ

この記事は私がまとめました

現役復帰を宣言し、5月5日に試合を行った亀田興毅選手をまとめました。

edyedyさん

まず亀田興毅とは??

亀田 興毅(かめだ こうき、1986年11月17日 - )は、日本のプロボクサー、実業家。大阪府大阪市西成区天下茶屋出身。

元WBA世界ライトフライ級王者。元WBC世界フライ級王者。元WBA世界バンタム級王者。日本人初の3階級制覇王者。

亀田三兄弟の長男で、亀田大毅・亀田和毅は実弟、亀田姫月は実妹、亀田史郎は実父である。左利き。亀田プロモーション代表取締役社長。 血液型はA型

プロボクサーになる前から時代の”寵児”

最初は空手を習っていたが、11歳の時に父・史郎からボクシングを教わるようになる。大阪市立天下茶屋中学校時代の3年間は、空手とボクシングの練習を並行して行っていた。14歳の時、井岡弘樹とエキシビションマッチを行った[1]。中学卒業後、ボクシングに専念するため高校には進学せず、社会人ボクシングで活動した。

2002年全日本実業団選手権フライ級優勝(当時15歳6か月)、全日本社会人選手権フライ級ベスト4。全日本アマチュアボクシング選手権大会近畿予選大会フライ級優勝。2003年全日本実業団選手権フライ級優勝、第55回全日本社会人選手権フライ級優勝(16歳10か月)。

17歳でプロデビュー!!17歳にして移籍金額〇〇〇円!?

17歳の誕生日(2003年11月17日)にプロボクサーとなった。2005年4月28日に大阪のグリーンツダジムから東京の協栄ジムへ移籍。この時、3,000万円という移籍金が支払われたと報道された

”デビュー後も試合前のパフォーマンスやビッグマウスで時代の寵児へ”

挑発の為、会見でチキンを食べる亀田。
この挑発の為にわざわざチキンのカロリー分体重調整していたとのこと。。

3戦目の前日計量。対戦者のサミン・ツインズジムに枕をわたして「これでおねんねしなさい」(このために枕持参)

空き缶を握りつぶしながら「今度の相手もこうや!」

・5戦目の前日会見。報道陣の前で「これ食べとくわ」とタイ人選手に見立てた「タイ焼き」をガブリ。

日本人初!!3階級制覇達成!!

ライトフライ級での王座獲得
2006年8月2日、元WBA世界ミニマム級暫定王者ファン・ランダエタとのWBA世界ライトフライ級王座決定戦を行い、12回2-1の判定勝ちを収めて王座を獲得。しかし、初回終了間際ダウンを喫し、終始苦戦した亀田が王座獲得をしたことは賛否両論を呼んだ。「ランダエタが勝っていた」という声も上がり、社会問題にまで発展した(詳細はランダエタの項と下の項目を参照)。

2006年12月20日、「王座決定戦の勝者は初防衛戦で世界ランキング1位の選手との指名試合を行わなければならない」というWBA規定と再戦を要求する声があったこともあり、東京・有明コロシアムにて、ファン・ランダエタ(ベネズエラ・同級1位)との再戦が初防衛戦として行うことが決まる。亀田は今までのKO狙いから、アマチュア仕込みのフットワークを重視した戦法に変えたことでランダエダを振り回し、12回判定(3-0)勝ちを収めて初防衛に成功、前回とは違い、バッシングなしの正真正銘の勝利を得た。

2階級制覇達成
2007年10月11日、WBC世界フライ級王者内藤大助と弟・亀田大毅の世界戦で大毅のセコンドにつき、不適切な指示をしたとして日本ボクシングコミッション(JBC)より厳重戒告処分を受けた。また、10月25日に予定されていた自身の試合も「対戦相手が決まらなかった」との理由で中止となった。なお、行われる予定であった試合については、10月26日の記者会見で以下のことが明らかになった[3]。中止になった理由については、処分待ちの時点でリングに上がれないと亀田側が一方的に判断していただけであった。対戦相手は決まっており、相手も試合に向けて調整を行っていたが、試合のキャンセルの連絡を入れていないなど主催者側にも不手際があった。

2009年11月29日、WBC世界フライ級王者内藤大助に12回判定(3-0)勝ちを収めて、ファイティング原田・柴田国明・井岡弘樹・畑山隆則・戸高秀樹・ホルヘ・リナレスに次ぐ、日本のジム所属の選手で7人目の2階級制覇を達成した。

日本人初の3階級制覇達成
2010年12月26日、アンセルモ・モレノのスーパー王座認定に伴い元WBA世界スーパーフライ級王者アレクサンデル・ムニョスとWBA世界バンタム級王座決定戦を行い、3-0(116-109、115-111、117-109)の判定勝ちを収め王座獲得に成功し、日本人選手としては初となる世界王座3階級制覇を達成した[10]。さらに、長谷川穂積以来となる飛び級による複数階級制覇も同時に達成した。同年2月7日に弟・大毅がWBA世界フライ級王座を獲得したことで「日本人初の兄弟王者」となっていたが、この日の自身の王座獲得で「日本人初の同時兄弟王者」も果たした。

”引退”

2015年10月16日WBA世界スーパーフライ級王者の河野公平と対戦し、2回に亀田のローブローを食らった河野がレフェリーから僅かながら休憩を与えられ、試合再開後に河野の右ストレートで亀田がダウンし、3回に亀田が2度にわたるローブローによる反則で2点減点されるなど技術・ポイント共に終始劣勢を強いられた亀田は0-3(109-115、111-113、108-116)の判定負けを喫し4階級制覇に失敗した。試合後、亀田は現役引退を表明した

引退から約2年後・・・リベンジの為現役復帰へ!!!!

2018年元日、「亀田大毅に勝ったら1000万円」で弟・大毅の勇姿を目の当たりにし、湧き上がるものがあった…。
番組の最後に突然こう発言した。「どういう形になるか、わからないが、できるのであればもう1回リングに上がろうと。現役復帰しようと思う」ボクシングの人気向上と発展のために、と現役復帰を決意した興毅。

対戦相手は現役時代初めて黒星を付けられた因縁の相手・・・。

1試合限りの現役復帰を果たすボクシング元世界3階級王者・亀田興毅(31)の対戦相手が、因縁のポンサクレック・ウォンジョンカム(40)に決まった。試合日は5月5日、会場は後楽園ホールであることもあわせて発表された。
東京・新宿の協栄ジムで行われた会見で亀田は「ポンサクレックは自分が初めて負けた相手。あの試合まで駆け足で突っ走ってきて、2階級制覇もしたが、あの日負けたことですべてが狂った。あの試合をきっかけに親父もライセンス停止処分を受けたし、負けるってこんな大きなことだったんだなと思い知った」と強い思いを吐露。「あそこでボクサー亀田興毅の歯車が完全に狂った。自分の中で自分が許せなかった。借りを返さないといけない。完全なるKOで決着をつけたい」と試合にかける意気込みを語った。

その言葉通り見事KOで勝利!!!!

左ストレートで見事TKO勝利!
第2ラウンドわずか12秒のKO!
亀田興毅選手のスピードのあるパンチについていけなかったと試合後のインタビューで語っていました。
第1ラウンドから数多くのパンチを繰り出す亀田興毅選手に翻弄されてしまったようです。

最後は引退する亀田興毅選手のパンチを「まだ世界チャンピオンになれる」と褒めたたえていました。
そして前回戦ったときよりも強いと、負けた選手にリングでインタビューをするという異例のインタビューでしたが、
ポンサクレック選手はすがすがしいコメントをしてくれました。

1 2