石破茂の裏切りの歴史

1981年、父の死後、 真っ先に葬儀に駆けつけてくれた 田中角栄氏の助言で政界を目指すも 田中派ではなく中曽根派からの立候補。

田中角栄を裏切る。

1993年 非自民の細川連立政権が成立。 自民党が野党に転落すると、 立て直しに四苦八苦する森喜朗幹事長に 「私はね、政権与党にいたいんです。自民党の歴史的使命は終わった」 と捨て台詞をはき離党届。

自民党を裏切る。

小沢一郎を「真の改革者」と称賛して新進党結成に参加するも、小沢一郎が党首に選ばれると、自分の考える政党と違うと総選挙前に離党。

小沢一郎を裏切る。

自民党に復党するも誰も相手にされず、伊吹文明が「石破君は仕事のできる人だから」と情けをかけて伊吹派に入れてあげるも、その後に入閣すると「閣僚が派閥に属するものはいかがなものか、派閥は旧態然としていると思いますよ」の捨て台詞で伊吹派を離脱。

伊吹派を裏切る。

出典★石破茂裏切りの歴史 | きゅうじのブログ アメブロ版

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