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報道されない地下鉄サリン事件の真相

日本の犯罪史上、最多の被害者を出した地下鉄サリン事件。既に裁判も終わり、死刑執行も間近いと言われていますが、明らかになっていないことが多々あります。捜査に関わった当時の警察官や自衛官からは、裁判では全く触れられなかった、背後関係を疑わせる発言も出ています。そのことについて、まとめてみました。

更新日: 2018年05月22日

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matoman001さん

背後関係

――警察はオウムは倒すが、闇は掘らない。
成田空港を発つ前に、人を介して聞いた公安当局幹部のコメントなるものが、耳奥に聞こえる。
「いま警察がやっていることは、一連の事件を刑事事件としてとらえ、物証・人証を取り、公判廷に持ち込むことだ」
「しかし、今回事件の全体像を見ると、オウムの単独犯行ではない……。ある意味で、オウムがやったんじゃない、やらされたんだ」
「しかし警察は、『闇』にはメスを入れない……。もしオウムの背後関係を本気で追及し始めると、破防法適用事件となってしまう」
「オウムはやらされた」

出典オウムの黒い霧

教団の中に二重構造があるのではないでしょうか。洗脳を演出する人間と洗脳される人間がいて、洗脳する人間は外の組織とつながっている……
(中略)
教団内部に演出グループがあるならば、麻原は最初から傀儡だったと思います。

出典週刊プレイボーイ1995年4月11日号

宗教評論家の丸山照雄氏

週刊プレイボーイは、二度にわたって現役の公安警察幹部のインタビュー記事を掲載している。

8月15日号では、オウム報道の65%がガセだと述べている。

当局の中にも、いろいろ調べてわかっているけど、とりあえず全部オウムの犯罪ということでまとめてしまおうと考えている人たちがいるということですよ

出典週刊プレイボーイ 1995年8月15日号

現職の公安警察幹部のインタビュー記事

麻原は、世間の目を集中させ、「麻原」以外の要素に注意が行かないようにする目的で、最初から祭り上げられた「象徴」に過ぎないと解します。オウムとは、現実にはオウムではなかったのです。我々が想像するより、はるかに大きな謀略の一部を担う組織だった。

元公安警察官や元自衛官は、背後には北朝鮮がいたと断言

オウムの背後にはアメリカが「ならず者国家」と呼んだ北朝鮮がいたと、当時の捜査に携わった警察官、自衛官は断言している。
ちなみに北朝鮮はアメリカを敵視しているが、オウムもアメリカを敵視していた。

元公安警察官の北芝健氏によると、オウムの背後には北朝鮮が存在し、北朝鮮の先兵となってオウムが「ハルマゲドン」を起こそうとしていたという。

出典元公安刑事が語るオウム事件にあった驚愕の裏側【やりすぎ都市伝説】

陸上自衛隊の幕僚として強制捜査に参加した池田氏は、北朝鮮コマンドが動く態勢にあったという

(池田氏は)陸上幕僚監部で運用(作戦)幹部として勤務していたので、前夜最終電車に間に合わず、自転車で帰宅していました。(中略)これが明暗を分けて幸いしました。

地上の自転車と併走する青梅街道地下の丸ノ内線がやられました。3経路計5編成車両が化学兵器による無差別テロを受けた地下鉄サリン事件です。

その死者13名、負傷者約6300名。その中には、私と一緒に二日後に、つまり奇しくも私の40歳の誕生日の3月22日に、上九一色村のオウム真理教サティアンへの警察の強制捜査を一緒に同行支援するはずであった防衛大同期の情報幹部田上2佐も含まれていました。

彼が入院し、結果として自衛官で私一人が第7サティアンに入ることになったのです。報道では強制捜査の攪乱と言われていますが、実際は捜査員を狙った個人テロでした。

公安警察官として、地下鉄サリン事件などの捜査に携わった濱氏は、オウム事件を元にした小説で、北朝鮮とオウムの関係について書いている。

地下鉄にまかれたサリンはオウム製のものではない?

裁判では、地下鉄にまかれたサリンはオウムが作ったものとされている。しかし、警察の発表内容がいろいろな点で、少しずつ変わっている。客観的事実は変わりようはないこと、前述の下里氏や週刊プレイボーイのインタビューを受けた公安警察幹部が述べていることも考え合わせると、オウム以外の者が(も)サリンもしくはサリンとは別の毒ガスをまいたのではないかと考えられる。

検出されたアセトニトリルは、なぜかなかったことに

東京消防庁、警視庁科学捜査研究所は地下鉄車両からアセトニトリルを検出した。

出典朝日新聞夕刊1995年3月20日、読売新聞1995年3月21日

その後、陸上自衛隊大宮化学学校に、アセトニトリルについての問い合わせがあったことも明らかとなっている。

自衛官として地下鉄サリン事件に出動した福山氏の著書。

この中で、アセトニトリルが検出され、自衛隊にアセトニトリルの危険性について問い合わせがあったことが書かれている。

しかし、裁判ではアセトニトリルはなかったことになり、アセトニトリル検出の事実は闇に葬り去られた。

弁護士「アセトニトリルは入っていなかったとの見解ですか」
安藤証人(警視庁科学捜査研究所職員)「はい」

出典1997年3月13日麻原彰晃第29回公判

まかれたサリンは2種類あった

警視庁の科捜研も、同じ論文集に、地下鉄サリン事件から出たものを載せている。
ところが、これが、トゥのものとかなり違っている。
同じなのは、サリンとジエチルアニリンだけで、あとのものは違っているのである。

これはどういうことであろうか。
これは、サリンがあったことは間違いないことと、つくり方が違うサリンが少なくとも二つあったことを示している。
サリンが二種類あったということは、オウムがまいたものと別のサリンをまいた人たちがいることをもの語っている。
なお、オウムが二つのサリンをつくったとの情報はない。

検査・分析結果はウソをつかない。誰が嘘をついているのか?

サリンプラントとされる第7サティアンは早々に取り壊された

証拠となるサリンプラント(第7サティアン)は裁判が始まって日も経たない1998年に、早々に取り壊された。なぜ、そこまで急いで壊す必要があったのか。

重要な裁判の証拠であるにもかかわらず、なぜか、専門家の検証を受けることなく、はやばやと解体・取り壊しされた。

サリンプラントを専門家に見ぜず、あたふたと解体した。

麻原の公判は、専ら信者の自供のみを材料に進められている。最初から、警察は第三者が、サリンを製造していたと言われる施設に立ち入ることを禁止した。オウム信者たちは、そこでサリンを作ることは不可能だと抗議した。裁判所は、既に警察が調査済みであり、信者がサリン製造を自供している以上、化学兵器専門家が調査する必要はないと決定した。施設は、 裁判の終了のはるか前、1月末、解体された。

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