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この記事は私がまとめました

◆高畑勲さん

アニメーション映画監督。1935年10月29日、三重県伊勢市に生まれ、岡山で育つ。1959年に東京大学仏文科卒業後、東映動画に入社し、

劇場用長編アニメ「太陽の王子 ホルスの大冒険」(68)で監督デビューを果たす。

同僚だった宮崎駿と小田部羊一とともに、AプロダクションでTVアニメ「ルパン三世」(71~72)や、中編映画「パンダコパンダ」(72)、ズイヨー映像でTVアニメ「アルプスの少女ハイジ」(74)、「赤毛のアン」(79)などを演出・監督する。

いくつかのプロダクションを経て1985年、宮崎駿氏らとともに、スタジオジブリ設立に参加。

88年には野坂昭如さんの小説「火垂るの墓」を自身の脚本、監督で映画化。戦争の悲惨さを語りながら、耐え難い人間関係から逃れた子どもたちのたどる結末を描き、人とのつながりが希薄になった現代社会に生きる人々に問いかけた。

紅花の生産風景などを緻密に描写した「おもひでぽろぽろ」や、「平成狸合戦ぽんぽこ」などの監督作品は国内外で高く評価された。

▼しかし、2018年4月5日に高畑勲監督が亡くなった。

映画「火垂るの墓」などで知られる日本のアニメーション界の巨匠・高畑勲監督が5日、亡くなった。82歳だった。

スタジオジブリの高畑勲監督の死去を受けて、2018年4月13日の「金曜ロードSHOW!」(日本テレビ系)で、映画「火垂る(ほたる)の墓」が追悼として放送された。

1988年に公開されたアニメ映画「火垂るの墓」は、神戸の大空襲を体験した野坂昭如による同名小説を原作に、戦争で両親を亡くした14歳の少年・清太と、4歳の妹・節子が懸命に生きる姿を描いた作品。

▼そして5月15日、告別式が行われた

【アニメニュース】宮崎駿監督、高畑勲監督との別れに涙「ありがとう」「忘れない」関係者1200人が見送る anime.eiga.com/news/106335/ #アニメ #anime pic.twitter.com/NdCu9Z0jnl

4月5日に死去した高畑勲監督(享年82歳)の「お別れの会」が5月15日、 東京・三鷹の森ジブリ美術館で営まれた。

高畑さんが監督した「かぐや姫の物語」の音楽を担当した作曲家の久石譲さんや、親交のあった山田洋次監督、落語家の柳家小三治さんらが参列。

盟友との別れに涙が止まらなかった。高畑監督と宮崎監督は日本のアニメ映画界を礎を築き上げた先人。84年には宮崎監督の映画「風の谷のナウシカ」をプロデュース。翌年、宮崎監督とスタジオジブリを設立し、二人三脚でヒット作を生み出した。

▼宮崎駿監督は終始涙ながらに『開会の辞』を務めた

【高畑勲さん「お別れ会」】パクさんと宮さん 宮崎駿監督「僕らは 精いっぱい あのとき 生きたんだ」 #高畑勲監督追悼 #ジブリ #高畑勲(82歳)#宮崎駿(77歳) pic.twitter.com/8PhAPPieqy

会の冒頭で盟友の宮崎監督は、新米アニメーターとして高畑さんと共に仕事をした日々を振り返り「パクさん(高畑さんの愛称)の教養は圧倒的で、僕は得がたい人に巡り合えたのだとうれしかった。」

「『太陽の王子』の興行は振るわなかったが、もう誰もそんなことを気にしていなかった。パクさん。僕らは精一杯あのとき生きたんだ。ひざを折らなかったパクさんの姿勢は僕らのためだったんだ。僕はこの作品で仕事を覚えたんだ。

ありがとうパクさん、55年前雨上がりのバス停で声をかけてくれたパクさんの姿を忘れない」と涙ながらに盟友との別れを惜しんだ。

高畑勲さんへの宮崎駿さんの弔辞が泣ける…。゚(゚´Д`゚)゚。

高畑勲監督への宮崎駿監督の追悼を見てもらい泣きしてしまった。

高畑勲監督のお別れの会。宮崎監督の言葉に涙が出た。高畑監督。平家物語見たかったです

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