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ネットでささやかられる小泉純一郎氏と反社会的勢力のまとめ

首相時代には絶大な人気を誇っていた小泉純一郎氏でありますが、その反面反社会的勢力とのつながりがネットで取り上げられています。現在は打倒安倍政権の為に批判を繰り返す小泉氏であります。そんな小泉氏のネットでの噂をまとめました。

更新日: 2018年05月30日

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この記事は私がまとめました

tamushiさん

生年月日1942年1月8日(76歳)
出生地日本の旗 日本 神奈川県横須賀市
出身校慶應義塾大学経済学部卒業
前職衆議院議員福田赳夫秘書
所属政党自由民主党(清和政策研究会→無派閥)
称号経済学士(慶應義塾大学・1967年)
子女小泉孝太郎(長男)
小泉進次郎(二男)
親族小泉又次郎(祖父)
小泉純也(父)
井料克己(従兄)

福田赳夫の秘書を経て、1972年の第33回衆議院議員総選挙で初当選し、以来12期連続当選。自由民主党では清和会(福田派、安倍派、三塚派、森派)に所属した。また、山崎拓や加藤紘一と「YKK」を結成し、経世会支配からの脱却や党の世代交代を訴え「グループ・新世紀」を旗揚げした。

竹下政権にて厚生大臣として初入閣、宇野政権、橋本政権でも厚生大臣を務め、宮澤政権では郵政大臣を務めた。森喜朗の後任として自由民主党総裁に選出され、2001年(平成13年)4月に内閣総理大臣に就任した。内閣総理大臣の在任期間は1980日で、第二次世界大戦後の内閣総理大臣としては佐藤栄作、吉田茂、安倍晋三に次ぐ第4位。平成時代においては安倍晋三に次ぐ第2位の長期政権である。2009年(平成21年)の第45回衆議院議員総選挙には立候補せず、二男の小泉進次郎を後継指名して政界を引退した。引退後は、奥田碩、田中直毅らとシンクタンク「国際公共政策研究センター」を設立し、その顧問を務めていた。

巷でささやかれる稲川会との関係

「稲川会」の幹部(35歳)に小泉純一郎と「稲川会」との繋がりを

確認したところ、彼は次のように答えたという。

「横須賀では、政治家ならウチと繋がっていないと、

何一つ出来ませんよ」

ここで言う「繋がる」とは、「票の取りまとめ」、「買収工作」、

「裏金作り」などの見返りに行われる、

組員が逮捕された場合の実刑の軽減、

風俗店許認可への便宜供与、

マネーロンダリングのお目こぼし、

大型土地買収案件での仲介斡旋などである。

民主党もその他の野党も、

みんなこのことは知っていながら知らんぷりだ。

そりゃそうだろう、そんなことを真正面から

突っ込んでいけば、東京湾に自分の死体が浮くか、

自宅で首吊り自殺したように見せかけて殺されることが

わかっているからだ。

川名社長は、役人の不正を訴える為、平成4.12月、つてをたどってようやく管轄の小泉郵政大臣に直訴する。この時応対したのが飯島秘書官で、面会場所は大臣室。飯島秘書官は、ひと通り聞き終えると概要次のように述べたとのことである。
 「ウチの小泉はヤクザの血統なんだ。普通の人間は近寄れないんだよ」。
 「(他にも稲川会や他のヤクザの名前を出し、)お上に楯突くと大変なことになるぞ。後ろだけじゃなく、前も左右も気をつけた方がいいぞ」。
 その場には川名社長の他に娘夫婦、従業員3名、紹介者らが居り、この発言の証言者は複数いる。当の飯島秘書官は、「取材には応じません。全然知らないです」ととぼけているとのことである。

 この記事内容が虚偽であれば、週刊新潮は名誉毀損で訴えられ、多額の賠償金を支払わねばならない。この記事内容が真正であればどうなるかだ。こういう人種が世の中を支配していることになる。引き摺り下ろす一手ではなかろうか。我が日本には既に自浄能力が無く、アーミテージのあごのしゃくりに合わすしか術がないのだろうか。

そこで、今回は、小泉純一郎と広域指定暴力団(ヤクザ)である、
「稲川会」との関係を取り上げたい。

小泉首相とヤクザ組織「稲川会」との関係をスクープしたのは、
2004年7月発売の雑誌「フライデー」だった。
証拠写真も、もちろん撮影されていた。
ところが、継続掲載は圧力がかかって、
実現しなかった。

日本の全てのマスコミがこのことを
まるでタブーのように無視してしまった。
野党も黙ったままである。
国会で誰も一度も追及しなかった!
このことに、ようやく光を当てることをしたのは、
カナダ人の在日ジャーナリスト、
ベンジャミン・フルフォード氏だけであった。

「小泉政権は、神奈川の地元ヤクザと稲川会が、中曽根の政治力と笹川の資金を利用して作った政権だ。だから、不良債権の簿価買い取りなんて話が出てくる。小泉政権は暴力団政権だ。資金の流れは以下だ。暴力団→広告業界→マスメディア。日本遺族会→右翼→暴力団。これがぐるぐるまわってる」。
 「この構造を見抜いたのは、中曽根が初めてだ。ゼネコンなんか使って変に足がつくより安全だ。自民党の総裁選の時に、必ず稲川総長にお伺いの使者が来る。古株の議員でなかなか大臣にならないのがいるが、そういうのが、やくざとのパイプ役だ。他に、山口組にも使者がたつなる情報がある」。

小泉純一郎氏の実家は「小泉組」

小泉純一郎元首相と暴力団稲川会との親密な関係は有名ですが、実家が「小泉組」というヤクザ組織だったということは全然知りませんでした。

フリージャーナリストの松田光世氏がtwitterで発信した記事【小泉元首相の実家は、「小泉組」という曾祖父が作ったヤクザ組織。背中に龍、全身に刺青をしていたことで知られる祖父又次郎は、国会議員になる前に小泉組の3代目を継がされました」は衝撃的です。

小泉の家系は港湾請負業で 元ヤクザ。指定暴力団 稲川会の会長と昔から親しく、過去の小泉元首相のスキャンダルは、全部、稲川会の助けで、封じ込めた

マスコミ対策として、電通社員や、関係者に多額の金をくばり、
「やらせ」 の報道をしている。 
小泉をいいように報道し、反対議員を悪く報道する。
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小泉組(こいずみぐみ)

は明治から昭和のはじめまで、現在の神奈川県横須賀市で活動していた土木・港湾請負業であった。
元首相小泉純一郎の曽祖父・由兵衛が興した請負業者であり、港湾都市から勃興した近代的な =ヤクザ組織の代表格= としても知られている。

戦前大臣を務めた祖父「小泉又次郎」は純粋な日本人とされる。

だが、純一郎の帰化朝鮮人である父が鮫島姓を買い取り又次郎の娘をたぶらかして婿として小泉家に入る そこで小泉家は帰化朝鮮人である純一郎の父に乗っ取られた。

小泉純也wiki

父親の純也は、鹿児島東加世田の朝鮮部落の出身者といわれる 日大卒業名簿には、純也の日本名はなく、見知らぬ朝鮮名が書かれているという。

「小泉レイプ事件」

誰もが耳を疑ったのは14日午後2時。生中継されていた参院有事関連特別委員会の質問に立った民主党・平野貞夫参院議員(68)が「あなたの名誉と人格にかかわる問題を取り上げる」と“首相のレイプ疑惑”を約11分間質問したからだ。
 平野議員は、6月に入りインターネットのヤフーの掲示板に「小泉首相のレイプ裁判が東京地裁で審理されている」と世界に発信されているのを知ったといい、この掲示板の書き込みの要点を説明した。
「小泉純一郎は67年4月、慶応大4年だった時、婦女暴行事件を起こして神奈川県警に逮捕。場所は湘南であり、相手は慶応大の女学生。当時、防衛庁長官だった父親の小泉純也氏が政治的圧力を使い、事件をもみ消したが、学内での噂が広まるのを恐れ、小泉純一郎氏を急きょ、67年5月にロンドンに留学という口実で日本から出した」

昨年、2004年の3月30日の午後2時に、私、木村愛二は、湾岸戦争、カンプチアPKO、ゴラン高原出兵の違憲訴訟の原告であった経歴の上から、当然のこととして、東京でも、毎日、毎日の本人提訴、「イラク派兵違憲訴訟の会・東京」に加わり、その事務局の決定に従い、この決定の日に、イラク派兵違憲確認と損害賠償請求の提訴をしたのであるが、それと同時に、政策決定の責任者としての個人責任を追及も兼ねて、小泉純一郎個人を被告とする「損害賠償請求事件」、略称「小泉レイプ事件」の提訴を行った。

「婦女暴行逮捕歴」があるとの雑誌『財界にっぽん』記事などが多数あるにも拘わらず、それを名誉毀損として訴えていない以上、「事実だと思わざるを得ない」というのが、わが提訴の根拠である。

小泉氏が新橋芸者小はんをSMプレイ中に絞め殺したのではないか?という話があるが、あの事件は、そうとれることが多い。
第一、発見されたときに、わざわざ広島の方にいた。近くでは疑われてしまうからである。飯島の指図とも考えられる。日ごろいつも家にいて、誰とも接触しない小泉がわざわざ広島に出張しているという不可解さ。

 つまり、小泉は、SMプレイ中絞め殺してしまった。
そして、彼は驚いた。飯島が自殺に見せかけた。
だから 走り書きの「もう疲れました」というものは筆跡が関係ないので、偽造できる。飯島がかいたのではないか?
小泉の小はんの事件では、当時の小はんの写真がフライデーなどに載っているが、自殺するようなタイプではないことがわかる女性である。よくある中森明菜や岡田有希子のようなどこかきゃしゃなところがまるでない、自殺とはまったく縁遠い女性の写真がそこにある。
そして、仮に合意の上で首をしめてプレーしていれば、抵抗のあとが見られないだろう。抵抗のあとが見られないため他殺には推論されにくい。彼女は死亡推定の日が日曜日であり、ちょうど、国会が休みの日である。

「Friday」(2004年7月2日号)によると、小泉は慶応大時代に地元の横須賀で「慶応横須賀学生会」の会長を務め、OLや女子学生を呼んでダンスパーティを行っていた。 横須賀以外に“出張”する時には「結城純一郎」と名乗り、レイプを表す隠語「やっつけようか」まで使っていた。

組織的にレイプを行った早大のスーパーフリー状態で、そして、早大時代に売春検挙歴が発覚した森喜明前総理、もう一人、山崎拓、まことにハレンチな早慶タッグがいたのだ。

小泉とスーパーフリーとの違いは、親爺が衆議院議員であった事だけだろう。 小泉も親爺がサラリーマンのような普通の庶民であったなら、今ごろは強姦 前科 何犯かの札付きヤクザになっていた事だろう。

小泉の「ロンドン遊学」の真相は、慶応大学の女学生に対する婦女暴行事件で神奈川県警に逮捕された事だ。 その事件が表ざたになるのを恐れて、父親の防衛庁長官(当時)が1967年4月、英国にほとぼりがさめるまでと逃がしたものだと言う。 しかし、日本のメディアはこの真相追及はしない。

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