ネットを騒がす「道徳教育、古すぎ説」

この春から小学校で正式な教科となった「道徳」。導入前から様々な議論が起きていましたが、そこで教えられる内容の一部「星野君の二塁打」が話題に。その議論から見えてくるのはやはり、道徳を教えることの難しさで…

更新日: 2018年06月04日

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いま「道徳の教科書」に波紋が

「監督から送りバントを指示された少年野球の選手が、自分の判断でヒッティングをした場合、たとえ結果が成功だったとしても、勝手な行動だとして糾弾される」

「打てる!」という直感でヒッティングをした星野君は結果的に二塁打を打ったが、その行為が問題視されて出場停止になるストーリー。

この物語にネットから疑問の声が

日大アメフト部の問題があったタイミングで取り上げられ、話題になった。

道徳で「星野君の二塁打」なんてやってる場合でない。むしろ、明らかに間違った命令には自らの良心や倫理観に照らして従わない勇気を教えた方が良いのでは?

「監督の送りバント指示をまもらず二塁打を打った選手」の道徳教材をふと思いだした 「星野君の二塁打」だったか あれは「きまりをまもりましょう」であって「上には絶対服従」ではないのだけど、(同一視されがちな)その差を意識するための教材としては有用になるのかもしれぬ

話題になっている『星野君の二塁打』、僕は道徳教材として適切だと思うんだけれど。生徒に読んだ通り「先生が正しい」と回答させて、いや違うだろう、昔はこんな考え方が正しいとまかり通っていた、現代は自分の頭で考えていい時代に進歩したんだと解説すればいい。

他にも道徳の教材が議論になってて…

隣の町で地震が起きて大人が出払ってしまったため、タヌキを擬人化したキャラクター・ポンタくんと仲間たちが進んで仕事を引き受けるというストーリー

ポンタくんら動物7人は、自分たちにできる仕事はないか相談し、草取りをしたり、赤ちゃんをあやしたり、浴室を掃除したりすることを思い付いた

と、ここまでは良い話なんですが…

町長から「進んで働いたのは偉い」として、ご褒美をたくさんもらった。しかし、ポンタくんたちは、「ご褒美をいただかなくても、仕事を続けたい」と誓った

教科書では「ご褒美がなくても仕事を続けたいのはどうしてかな?」と問いかけている。

"ご褒美をいただかなくても"に波紋が

「なるほど、今は社畜教育を道徳の授業でするのか」「子どもの頃から学校で、やりがい搾取を吹き込まれるなんて」

「子どもたちにとっての『お仕事(責任をもってやらないといけないこと)』っていう例えなのかと私は思ってます」「教科書を『労働』の文脈で語るのはナンセンス」

学級の仕事に責任を持つこと、災害時に助け合うことを教えているのでは?とも。

こうした議論に現れてるのは「道徳の難しさ」

成績は記述式で“○○な側面が成長した”などとなります。考え、議論することを目的としているので、他の子の意見を聞き、考えを広げることが大事になってくる

子供たちは賢いですから、先生が求める“正解”を察知します。結局、全国の学校で“忖度力”を養成することになりかねません

授業でやるとしたら、ただ読めばいいんです。テーマを「星野君の二塁打を読んで」として、「みんな、読んでどう思った?」と聞く

道徳教育って本当に難しいと思う。教科にしなきゃいけないくらい大事なことであるのはわかるけど、それを答えありきの授業にしてしまうのはたしかに軍隊教育と言われても仕方ない気がする。でも普段答えありきの授業をしている教師がいざ道徳教育をするとなるとやっぱり難しいと思う。

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