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「新御三家」としてTOPアイドルだった西城秀樹、実はその原点は「ロック」。

sunsun7さん

若い世代から見れば、単に昔有名だった元アイドル歌手という認識ではないだろうか。

 ではなぜ本連載でヒデキを取り上げるのか。それは、氏がアイドルという枠におさまらず、日本の歌謡曲に洋楽ロックを取り入れた先駆者であり、歌謡メタルの源流に位置するロック歌手だからだ。

西城秀樹が取り上げカバーしたことで、お茶の間のど真ん中に当時のロックファンの間で盛り上がりを見せていた「ヘヴィメタル」が持ちこまれたのだ。

この”事件”はWikipediaに書かれている通り、洋楽すら聞いた事が無い歌謡曲ファンに「ヘヴィメタル」を紹介し、多くのヘヴィメタルファンを目覚めさせた。その一人が正に、筆者自身でもある。

21世紀の現在、BABYMETALが「アイドルとメタルの融合」のパイオニアの様な顔をしているが、西城秀樹が既に35年も前にやっていたという事を記しておきたい。

最後に、ロックの格好良さを教えてくれた西城秀樹に「ありがとう。」と心から伝えたい。

秀樹はヘタなロックよりロックしていて、いやロック以上だなって。エンターテイナーとして素晴らしかった。

ロック色の強い歌唱の功績

『ロック色の強い歌唱の功績を吉田俊宏編集委員が解説する。』日経電子版映像

ハスキーで強い声帯 高音のシャウトが特長
英ロック歌手ロッド・スチュワートに似たタイプのボーカリスト
西城さんはJロックの最初の手本となった一人

70年代。米英でロックが盛んだったが、お茶の間にはあまり伝わってこなかった。西城さんは歌謡曲を通じてお茶の間にロックを伝えた重要なプレーヤー。歌謡曲のフィールドで意識的にかっこいいロックを表現した。

歌謡ロック開拓、一大市場に 西城秀樹さんを悼む=富澤一誠(音楽評論家)

そんな歌謡曲にロック色の強い要素を取り入れ、歌謡曲とロックを融合させたニュージャンルともいうべき“歌謡ロック”を確立したパイオニアが西城秀樹なのである。しかも、その歌謡ロックを一大マーケットにしてビッグビジネスにしたのも西城で、これは彼の大きな功績と言っていい。

西城秀樹が「情熱の嵐」「激しい恋」「傷だらけのローラ」などでブレークするまで“歌謡曲”は自作自演が主体のフォークやロックに比べると音楽性が低いと揶揄(やゆ)されていた。

毎日新聞2018年5月21日 東京夕刊

ヒット曲『傷だらけのローラ』の原点は、プログレッシブロックのあの名曲

日本で初めて野球場でコンサートを開き、大好きだったイギリスのロックバンドの曲をカバーし、それが自身のあのヒット曲の歌い方につながったという。最後までロック・ボーカリストだった西城秀樹さん。

西城秀樹が1979年にライブで歌ったキング・クリムゾン「エピタフ」。3分50秒から雷鳴と大雨になる伝説の演奏。 youtube.com/watch?v=8Nk6jz…

凄まじい歌唱力とこの雷鳴。神が降りたとしか思えません。

本家に勝るとも劣らない凄みがある。70年代にユーチューブが存在していてロバート・フリップがこの映像を観ていたとしたらグレッグ・レイク、ジョン・ウェットンに次ぐクリムゾンのヴォーカリストへのオファーがあったかもしれないとすら想像してしまう。

Twitterでも話題に。訃報後にファンになってしまった、という呟きも。

西城秀樹さんが歌うエピタフのライブ音源を初めて聴いた時、身体中に電気が走りました。何故かって、歌声に共鳴するかのように間奏中絶妙なタイミングで雷鳴が響くんッスよ。マジ鳥肌モンッスよ。 はい、それでは、天候をも味方につけた圧巻の歌唱力をご視聴ください。 m.youtube.com/watch?v=8Nk6jz…

西城秀樹 キング・クリムゾンの「エピタフ」カバー上手すぎて本当にドン引きする 訃報聞いてからファンになりつつある……

キングクリムゾンのエピタフと西城秀樹のローラが似ているのを今知った。目からうろこ。 HIDEKI SAIJO 伝説のスタジアム・コンサート エピタフ'79 youtu.be/RIsp7z7YtM8

西城秀樹はロック御三家にも影響を与えていた?

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