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殺されたい人を募集し一緒に食人..2人で味わった最高のスリル..アルミン・マイヴェス

2001年3月、インターネットで「自分に殺されたい犠牲者」を募集し知り合った男性殺害し、その遺体を切断して食べた。念願の人肉を口にできたアルミンだが、思っていたほどおいしくなかったと回想している。

更新日: 2018年07月07日

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firk12さん

2001年3月、インターネットで「自分に殺されたい犠牲者」を募集し知り合った男性殺害し、その遺体を切断して食べた。

さらに殺されたい人の募集をかけていたところで、逮捕された。

●生い立ち

1961年12月1日、ドイツ西部の町エッセンで、三兄弟の末っ子として誕生。母親が2番目の夫の間に産んだ子で、母親にとっては3人目、父親にとっては最初の子供だった。

1970年9月、夫婦関係の悪化により両親が離婚。アルミンは、家を出て行く父親を必死で制止しようとしたが、父親はその小さな手を冷たく振り払った。

10歳のとき、小説『ロビンソン・クルーソー』を読み、「人を食べるという人種」に強く惹かれていった。

1981年、19歳になったアルミンは家を出て西ドイツ陸軍に入隊するが、32歳で陸軍をやめた。

母親と二人、孤独な生活を送っていたマイヴェスだが、普及し始めたインターネットで同じ趣味、つまりカニバリズム嗜好を持つ人々と交流を始めた。

彼はウェブサイトを立ち上げ、人体解剖を模した写真をアップしていた。マイヴェスの食人への興味はますます膨らんでいった。

●食べられたい人募集中

彼はネット上で「殺して食べられたい人」の募集を始めた。条件は若くハンサムで、健康的だが筋肉質でないこと、だったそうだ。

60回も出してようやく31歳の男がアルミンに連絡をしてきたが、いざとなると死ぬのは嫌だと拒否したため、アルミンはがっかりして彼を開放した。

●切断したい人募集中

ユルゲン・ブランデス(当時43歳)はドイツの一流企業に勤めるコンピュータ技師で、男も女もOKのバイセクシャルであった。

彼は自分の肉を自分で食べたいという衝動に日頃から苛まれていた。子供のときから「ペニスを切断されたい」「焼かれて食べられたい」という願望を持ち続け、叶えてくれる相手を探していた。

2001年の2月、ユルゲンは「生きた人間を食べたいという人に、私の体を提供します。」というような広告を出した。

それを見たアルミンはユルゲンにすぐ連絡を取り、翌月には意気投合してアルミンの自宅へ向かった。

●2人の最高のスリル

被害者は生きている状態で自分の性器を切断し、二人で食べることを望んでいた。

マイヴェスは酒と薬で意識朦朧とした被害者の性器を切断し、ソテーして二人で食べた。

その様子はビデオで撮影されていた。

その後、ベルントはアルミンに「熱い風呂に入りたい」「そうすれば早く失血死できるし。今、とても凄く寒く感じるんだ」と頼んだとのこと。

意識を失ったユルゲンをアルミンはバラバラに解体し、その様子をビデオカメラで録画した。皮や内臓は庭に捨てられ、残ったユルゲンの肉30キロは冷凍冷蔵庫で保存した。

●殺人ではなく「自殺幇助」だ!

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