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若い人たちへ…当時のオウム真理教はこんな団体だった

当時はテレビにも出演し、コンテツの一つとして消費されていたオウム真理教。高学歴の信者、異常な修行、共同生活をサティアンで行い、テロ集団へと変貌。麻原彰晃は何がしたかったのか。

更新日: 2018年10月04日

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firk12さん

●オウム真理教が拡大していった80年代から90年代

当時の若者の中には、バブル経済に浮れる世相を冷めた目で見ていた人が多くいた。

そんな空虚で無力感に打ちひしがれる若者の多くをリクルートして、オウム真理教は、勢力拡大に成功した。

オウム真理教の幹部で重大な事件を犯した人々は、そのほとんどがバブル期まっさかりに入信・出家している。

●高学歴の信者たち

医師、弁護士、科学者……「宗教国家」を夢想した麻原彰晃の下には、高学歴で才能あふれるエリートが集まっていた。

東大・京大・東工大・阪大・早大・慶大など高学歴エリートとされる人々が大勢入信。しかも、そのほとんどが理系。

教団と関わらなかったら一流の研究者になった人もいたと言われる。

出典https://生きる喜び.com/archives/428

神秘体験に憧れる若者を中心に組織を急速に膨張させていく。

オウムはエリート揃いだったという話と、エリートの中の落ちこぼれ揃いだったという話もどちらも聞くしなぁ。まだ客観的な検証はされない、歴史になっていない事件よなぁ

●バラエティ番組にも出演

1990年代初頭には、テレビのバラエティー番組にも積極的に出演し、ビートたけしや、とんねるずとの共演も果たしていた。

「もちろん当時は、誰も麻原を極悪人とは思っていませんでしたよ。死生観はじめさまざまなテーマで話も盛り上がっていました。」

麻原彰晃はゴールデンタイムのバラエティ番組でとんねるずと一緒にコーナーを持ってたとか、オウムにかけられる疑惑をスマートなスポークスマンの青年が次々と論破して行く様子がアイドル的な人気を博していたとか、そういうオウムブームのポップさというのがいちばん歴史に残りにくいんだろうと思う。

●異常な修行

温熱療法

47度~50度のお湯に15分から20分入り、さらに60℃のサットヴァレモン(オウムのドリンク)を飲まされるという過酷なもの。

血のイニシエーション

麻原彰晃のDNAを抽出し遺伝子組み換え技術で大腸菌に組み込んで培養した液体を飲むイニシエーション。

1993年9月頃から行われるようになった。ヘッドギアの内側に電流を通す粘着性の物質が塗布され、数Vの電流がそこから脳を刺激し、麻原の脳波を直接伝えるというもの。LSDと同時に使用されることもあった。これは教団に20億円もの利益をもたらしたという。
このヘンテコなヘッドギアがオウムのカルトさを強調していた。

麻原の毛を煎じて飲む

麻原の髪の毛は尊師御宝髪として1本1000円で販売されていた。お守りにしたり、煎じて飲むこともあった。早川紀代秀は一時期毎日麻原の髭を煎じて飲んでいたという。

オウム真理教に関する悪い噂は口コミではバンバン飛び交ってて、他の新興宗教が「不幸を取り除く為、先祖の供養で百万のツボ買う」とか「手かざしで病気が治るって何十万も払う」レベルだったのにオウムは「修行の為に麻原の血の入った水を10万で買って飲む」とかカルトの次元が違ったからね

●世界各地に拠点を持っていた

オウム真理教の海外支部はロシア・アメリカ・ドイツ・スリランカにあった。

特にロシアは、ソ連崩壊後の宗教的空白に乗じて教勢を拡大し、日本国内の信者よりも多い35,000人もの信者を獲得した。

ロシアでは大量の兵器を購入していた。

オウム事件は何一つ事件の本質が暴かれていない。誰が何の目的で村井を殺したのか。警察庁長官を狙撃したのは誰か?ヘリコプターをロシアから購入するほどの資金と人脈はどうやって築かれたのか?オウムの覚せい剤とサリンは同どう流通したのか。全てが死刑で封印される。オウムとは何かは闇の中へ

●広大な土地に共同生活する施設を設立

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