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この記事は私がまとめました

Altria1123さん

義理の姉

581 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/05/27 01:02
余り周囲の人には言えないタイプの話なのですが、
こちらでなら聞いていただけるかも知れないと思い、書き込んでみます。
とにかく誰かに聞いてもらって、自分の中で整理をつけたいのです。

二年前、義理の姉が死んでしまいました。
後述する様に、私が明確に「自分の家族だ」と思って居るのは兄しか居ません。
兄も同様ですので、兄の結婚後離れて暮らす様になっても、互いに行き来し合っていた事もあり、
私と義姉とは本当の家族の様になっていました。(少なくとも私はそう思っていました)
だから、新婚だった兄の悲嘆は深いものでしたが、
私も大学を休学する程落ち込んでしまっていた、と言う状況でした。

兄夫妻が暮らしていた実家の私の部屋で、私は義姉の事について考え続け、そして妙な事を思い出したのです。
それは子供の頃の記憶でした。

兄夫妻が暮らしていた実家の私の部屋で、私は義姉の事について考え続け、そして妙な事を思い出したのです。
それは子供の頃の記憶でした。
忘れた事はなかったのですが、特に思い出したり、義姉と結び付けたりする様な事はなかった様なものです。

それはこんなものでした。


582 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/05/27 01:06
私と兄とは子供の頃、一時期東北の親戚の家に預けられていました。
私の家はちょっと環境が複雑で、両親は殆ど日常茶飯事に姿をくらますと言う状況でした。
ですから多分、逐電対策として、手の空いていた親戚の所に放り込まれたのだと思います。

今にして思えば、あれ自体が不思議な体験でした。
多分過疎の村だったのだと思いますが、何しろ老人しかいないのです。
少なくとも子供なんかはおらず、
就学年齢前だった私はともかく、五歳年上の兄迄も学校にも行かず、日がな一日、ぶらぶら畑の中の道を歩いていました。
親戚の人に意地悪された記憶なんかはないのですが、親切にされたと言う記憶もなく、
はっきり言うと、何処の誰だったかも思い出せない曖昧な過去です。

私達は大声を出して遊ぶ事も憚られる様なその静かな村で、「寂しいねー」とか言いながら過ごしていました。

で、そこで私は、一日だけちょっと不思議な体験をしたのです。
はっきり言って不思議と言っても、この段階では『地味』なものに入ります。
老人ばかりのその村の、私達兄妹だけの遊び場に、若い女の人がやって来たのです。
幼児らしく思考能力のなかった私の方は、「わーいお姉さんだー。今日はー」とか言っていた記憶がありますが、
兄は流石に警戒して、私を引き戻したりしていました。
ですが、兄もそのうち慣れてしまった様で、私達は三人で暗くなるまで遊びました。

で、何処が不思議なのかと言うと、
先ず、次の日から、そんなお姉さんには全然会えなかったと言う事。
そして、そこは東北であったにも関わらず、何故か女性は関西の言葉を話していた事。
(これは実を言うと曖昧です。でも、多分そうだったと思います)
更に、そのお姉さんが時々、私達に理由もなく謝っていた事です。
一番最後の事があった故に、私はこの出来事を覚えているのです。

遊びの切れ間に、いきなり「ごめんね」とか言い出すので、
ぎょっとするわ少し怖いわで、そのお姉さんの事を「変だなあ」と思っていました。

記憶はここまで。
で、『実家で義姉について考えていた』ところまで話を戻します。


583 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/05/27 01:08
物凄く哀しんでいたから、多分その所為もあるんでしょうけど、
記憶の中のその女性と義姉が、私には同一人物としか思えなくなりました。
顔も似ていた様な気がするし、姉も関西人でした。
飛躍し過ぎだとセルフ突っ込みを入れつつも、思考は止まりません。

そして、もう一つ小さな事を思い出しました。
兄と義姉が結婚する前、「あの兄の何処が良かったの」みたいな事を訊ねたら、
義姉は「○○(兄の名前)君に、物凄い勢いで口説かれてそのまま流された」と笑って答えたのです。
正直、にわかには信じ難い話でした。

先程お話した様な家庭の事情が原因だと思うのですが、兄には人間不信気味な所があります。
大人になっても兄は、顔も頭も決して悪くないのに『怖い人』で通っており、
家族以外にフレンドリーにしている所なんか見た事もありませんでした。
以上の様な事情を話しつつ、義姉からより話を聞くと、
「前に会った事がないか」と、しつこく言って来たというのです。
単に物凄く義姉が好みだったに過ぎない、と言う可能性もありますが、
それにしたって、少しでも兄を知っている人にとって、彼が人を口説いたりする様を想像するのは中々困難です。
本当に『兄は義姉と以前に会っている』と考える方が、私には自然に思えます。
で、『それは子供の頃に会ったあのお姉さんじゃないだろうか!』と。

その時は盛り上がりましたが、やがて二,三ヶ月経ち、どうにか立ち直って来てみると、
どう考えても違う様に思えて来ました。
兄も取りあえず外見は大丈夫そうになって来ていたし、私はバイトもあったので、大学近くのアパートに戻る事にしました。

585 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/05/27 01:10
それで、二年が普通に過ぎまして、ついこの間の事です。

今年のゴールデンウィークに私は兄と会い、多分初めて、姉が死んだ時の話を兄の口から聞きました。
姉の死因は交通事故です。
病院に運び込まれて、手術前に兄と話した時、
義姉は「先に死んじゃうなんて●●ちゃん(私です)にもうしわけない」とか、
「ちゃんと謝りたい」みたいな事を言ってくれていたそうです。
家庭に恵まれなかった私の事を、姉はいつも気にかけてくれていました。
それで私は、子供の頃会ったあの女の人の事をまた思い出したのです。
姉は優しい人だから、幼少時見捨てられた子供だった私達の事を最後迄気にかけて、訪ねてくれたのではないか。
そして(そんな事いいのに)謝ってくれたのではないだろうか。そう思った訳です。

何だかすっきり整理が付いた様な口調ですが、本当はそうでもなく、
可能性が増えてしまっただけに結構混乱しています。
兄に『昔のあの女性の事を義姉だと思っているか』なんて話は流石に出来ないし、
友人達にするには、家庭の事情を話さなければならない部分も多い為、躊躇われるのです。

長くなってしまってすみません。
でも、私の中でちょっと整理がつきました。
『不思議だなあ』って体験です。

焼身自殺をした女子高生

この話は当時、私が学生で、私と4つ離れて高校2年の次女の体験談です。

妹は私より勤勉家だったのでもっと上を狙えるだけの実力があったのですが、

何故か自宅から近いという理由で私と同じ高校に入学する。


その高校は地元では不良高校だと呼ばれるほどあまり治安の良い高校ではなかったが、

妹が入学した時からは進学カリキュラムシステムが導入され、かなりハイスペックになっていた為、高校受験の時点でかなりふるいにかけられたみたいだ。

そんな妹も入学してから2年目に入り、修学旅行に行くことになった。旅行先は東京と聞き、私の時は北海道だった事との違いに変わったなぁと思っていたのですが、修学旅行で東京に行くのは2度目になる妹にとっては少々不満気な態度ではあったが、修学旅行出発の日には修学旅行を楽しみにしている妹がいた。

その日の夜に無事東京に着いた妹から連絡があり、友達と楽しくやっているとの事だった!

しかし、修学旅行二日目の夜に私の携帯に偶々バイト先が同じである妹の友達から連絡があり、妹の容態を聞いて驚いた。苦しみもがきながら『熱い、熱い』と叫んでいるというので周りの友達達は尋常でないと思い、私に電話してきたのだ!

その後、担任の教諭からも自宅に電話が掛かり、母親が電話に出て事情を聞いていた。

気を失った妹は旅行先の近くの病院に緊急搬送され、落ち着くまで入院する事になった。気が気でない母親は私と多少の荷物を用意して直ぐに東京に向かった。

着いた時は修学旅行三日目に入った時だったので、病室には心配する妹の友達達がいてくれて様子を見てくれていたのだ。

その中の一人が私とバイト先が同じである妹の友達もいた。

その子が急に私に話してきた。

どうやらホテル先で焼身自殺をした女子高生が泊まっていた部屋に妹ともう一人が割り振られていたそうである。

バイト先が同じである妹の友達は霊感があるらしく妹が苦しんでいるときに部屋に来たらハッキリと見えたそうである。

私自身も不幸にも辛く苦しい思いが伝わってくる気がした。おそらく病室にいても妹の側にまだいるのだとハッキリ分かった。それから二日が経ち、医師から様子を見て下さいと言われ!家族3人で帰宅する事になった。

帰宅後も就寝時にうなされるように『熱い、熱い』というので両親がお祓いを頼んだ方が良いのではないかと言い出すが、私が感じていた事はもっとふつうに友達と楽しく過ごしたかったという思いだった。

きっと思いが満たされれば解決するのではないかと考え、妹の友達に協力の元、色々出掛けてもらい楽しい一時を過ごしてもらった。四日目に妹の側にいた存在も霊感のある妹の友達からもういないよと聞き、ホッとした。それからはうなされる事もなくなり、本当に良かったと思った。

さい銭泥棒

68 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2014/08/19(火) 14:09:32.05 ID:UJNum0ep0.net
もう時効だと思うんで書く。
十年以上前の3月、俺は高校を卒業したばかりだった。
取ったばかりの免許に浮かれて、兄貴の車であちこちを走り回っていた。

ある時、俺は2人の後輩を連れて深夜にドライブしていた。
グンマーに住んでたから峠道には事欠かない。
長野との境を走る峠を、当時はまっていた頭文字Dの真似をして攻めていた。

県境をまたいで長野に入ってしばらく行くと、道端に地蔵がたくさん並んでいた。
真っ暗な中に立ち並ぶ地蔵の群れは不気味な眺めだったけど、目につくものがあった。
脇道に見える鳥居と賽銭箱。
お供え物のまんじゅうや花があったから賽銭も入ってるんじゃないか?
そんなことを話しながら俺たちは路肩に車をとめた。

3人で連れ立って車を降りた。賽銭箱には錠前がかかっていたけど
賽銭箱自体は古びていたから壊せそうだった。
近くに落ちていた石を何度か叩きつけると賽銭箱は壊れた。
中身は全部かき集めると5000円近くになったと思う。
俺たちは上機嫌でその場を去った。
バカだったから、バチが当たるとかそういうことは考えもしなかった。

日が昇ってきたからドライブは終わりにして、金を3等分して持ち帰った。
一人頭1500円くらいか。確か、タバコを買って帰った。
兄貴が仕事に出るまでに車を返さないといけないから、
ガレージにとめて、俺は自分の部屋に直行してすぐ寝た。

目が覚めたのは昼頃だったと思う。
下の階からドンドンって物音がして起きた。
大の大人が地団駄を踏んでいるような音がずっと鳴ってた。
ドンドン!ドンッ!ドンドンドン!って感じで。

親も兄貴も仕事に行ってるはずの時間だった。
ペットの猫が暴れてんのかと思って見に行ったけど、呼んでも出てこない。
音をたどっても場所がわからなかった。ドンッ!ドンドン!って
鳴ってはいるんだけど、俺と一定の距離を開けて移動してる感じがした。
玄関の方で鳴ったと思って玄関に行ったら、今度は風呂の方から鳴る。
風呂の方を見に行ったら、今度は台所の方で鳴る。そんな感じ。

怖くなって家を出ようと思ったら電話が鳴った。
マジでビックリしたけどナンバーディスプレイには兄貴の会社の名前が出てた。
電話取ったら兄貴が「てめぇふざけんなよ!」っていきなり怒鳴ってきた。

「お前アレどこから盗んできたんだよ!気持ちわりぃな!ふざけんな!」
「は?何が」
「何がじゃねーよ!てめぇ俺の車でどこ行ったんだよ!?」
「いやだから何がだよ?」
「車に地蔵乗せたのてめーだろ!」

一瞬で血の気が引いた。
地蔵がいる峠に行ったことは兄貴には言ってない。

なんで地蔵?
車に乗ってる???

「いやちょっと待って、意味わかんねー、どういうこと?」
「とぼけんなよ!足元に地蔵載せただろ!?」
「ほんとにやってねーって!」

怒っている兄貴に事情を説明して、向こうの話も聞いた。
兄貴が言うには、助手席の足元にボロい地蔵が乗っていたらしい。
朝、出勤する時に気付いて降ろそうとしたけど、重くて持ち上がらず、
時間もないから仕方なくそのまま出勤したらしい。

もちろん俺はやってない。
後輩たちがそんなことをした様子もなかった。
第一、俺がガレージに車を戻した時には、確かに地蔵なんて乗ってなかった。

兄貴は俺の言い分を信じてくれなかった。
俺が悪ふざけでやったと思ってるようで、ずっと怒っていた。
「ちゃんと始末する」って言ったら、やっと電話を切ってくれた。

地団駄のような音は電話の最中もずっと続いてた。
ドンッ!ドンッ!ドンッ!!!て、少しずつ激しくなってた。

2人の後輩に電話した。とくに変わったことはないって言ってた。
なんで俺だけ…という気持ちで電話を切った。
家にいるのは耐えられないから、チャリで外に出て、公園で時間をつぶした。

夜になって兄貴が帰ってきた。俺の顔を見るなりひっぱたいてきた。
いつもだったら俺も応戦するけど今日はそんな気になれなかった。
ドンドンって音は家族がいる時は鳴らなかった。

深夜、後輩2人を家に呼び出した。
2人は地蔵が乗ってる車を見て「すげ~w」「いつの間にwww」なんて
大笑いしてた。俺の気持ちも知らずにのんきだった。

地蔵は重かった。2人がかりでやっと持ち上がる重さ。
「センパイこれ持てるとか怪力じゃねwww」とか言ってた。
この期に及んで信じてないらしい。

車から降ろした地蔵を、群れの端に戻した。
パクった賽銭も返したかったけど、もう使った後だったし、後輩も同様だったから、
俺が財布から5000円出して、壊れた賽銭箱に入れといた。
手をあわせて「すみませんでした、すみませんでした」って心の中で何回も謝った。

車で家に戻って、怖いから猫を抱いて寝た。
次の日から地団駄のような音はしなくなった。
金欲しさだろうが粋がってだろうが、賽銭泥棒はしないほうがいいぞ。

中部地方の集落

324 :クランツ ◆Xgg113Pc:02/05/14 21:57
今日、仕事で付き合いのあるCGデザイナーさんから聞いた話です。

その方(以下Sさん・年齢50代)の出身は中部地方の山深く、80人ほどが暮らす集落。
その集落には、Sさんと同学年の子供が男性ばかり8人いました。
当然、小・中学校も一緒。
さすがに全員同じ高校というわけにはいかなかったようですが、
それでも登下校の際や町内会の行事で顔を合わせれば、すぐバカ話で盛り上がる仲良しグループだったそう。

…ところがこのグループ、30年以上経った現在、
8人中5人が『精神を病んで』しまったようなのです。
ひとりは極度の麻雀中毒に陥り、一睡もしないまま雀荘から仕事場へ、という生活を続けているうち、勤務中にポン!、と。
ひとりは妻に逃げられ、酒びたりの生活の揚句にポン、と。
残りの方の原因は詳しく語ろうとしなかったSさんでしたが、もう一度静かに「8人中5人だぜ…」と呟きました。

余談ですが、
「オレがポン!といっちまう時は、忙しい仕事に追い立てられて、つうパターンだな」と仰るSさんに、
来週月曜納期の山盛りのシゴトを発注したのはオレです・・・


325 :クランツ ◆Xgg113Pc:02/05/14 22:07
で、>>324の話をしながらのSさんの分析。
「やっぱ田舎だからさ、オレらのもう少し上の世代が、近親婚とかしてたんじゃねぇのかな…」

オレの分析。
「小さい集落なら、全員同じ病院で生まれたはずでしょ?
 彼らがお腹の中にいたとき、何かヤバイ薬が処方されていて、それを母親が飲んだ家の子どもが…」

まあいずれにせよ、5/8というのは尋常ではない確率です。
でも、OLであふれかえるイタ飯屋で、その原因を延々議論するオレとSさんって一体・・・

327 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/05/14 22:31
>>324 
環境のいい田舎から都会に出てきたから、とかかも。


332 :クランツ ◆Xgg113Pc:02/05/15 00:05
>>327サン
5人中、例示した2人は、就職も地元にとどまった人たちだそうです。

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